認知症110番

母の生き方

 母(83歳、認知症中度、要介護3)と夫の3人暮らしです。夫は仕事で日中はいませんので私一人(長女)でみています。若い頃は気の強い母でした。今は自分から何してよいかわからず、一つひとつの動作を指示しないとできません。他の認知症の人を見ていると、かなり手がかかり、大変だなと思います。母は言えば行動できるのですが、受身の生活で母らしい生き方をしているのかと不安になります。同じように介護している人たちからは「いいわね」といわれますが、贅沢な悩みでしょうか。毎日毎日の行動を指示するたび強い口調になっている自分にストレスを感じています。(静岡県、58歳、娘)

【回答】従うのは、信頼あればこそ

 他人から見ると、目に見える困った行動がなく普通に見えるため、それほど大変とは思われないのでしょうね。認知症のため、他人が見ても苦労しながら介護している姿が見えれば、だれもが「大変だなあ」と感じるものです。しかし、口で言うだけの介護は、苦労の様子が伝わってこないから、他の人には同じ認知症の介護をしているとは思えないのでしょう。現実にはどちらも大変なことなのです。

 毎日、繰り返される行動の一つひとつを口で指示しないとできないのですから、その苦労といったら並大抵ではありません。人は意識せずに日々、行動しているものですから、言わないと行動できないこと自体、理解しがたいことでしょう。朝起きてから夜寝るまで自然の流れの中での行動は、その人その人の個性やこだわりに基づいています。それを口で言うのは、行動の一つひとつに手を貸すことと同じです。ゆっくりした動作を見守り、確かめながら次の動作の指示をすることは、一見簡単そうに見えても感情が優先され、忍耐が要るものなのです。言葉も抽象的では相手にうまく伝わらず、そうかといって具体的に言えば、どうしても命令的な口調になってしまいます。その場その場で相手に上手に伝えるためには、指示的に、簡単に言う必要があるのですが、他者からは冷たく見えてしまうのです。

 母の人生なのに、このままの生活でよいのか、母の望む生き方になっていないのではないかーなどと、あなた自身が、悩んでしまうのだと思います。認知症の方は、判断はできなくても、感情は豊かです。お母様は、あなたの口調が嫌であれば、行動で拒否反応を示しますし、言われた通りに行動は致しません。言われた通りの行動ができているということは、適切な声かけになっている証拠だと思います。むしろそうした行動が取れるのは、お母様のプライドが保たれているからではないでしょうか。また、あなたのことを信じているからこそ、言われたように動くことができるのだと思います。

 どのような場合でも、介護にはストレスがつきものです。あなたの言葉がお母さまに伝わっているということは、それがお母様の心に響き、行動に移らせていることを忘れないで下さい。言葉にしたがって日々の行動ができることは、あなたがお母様の生活の指導権を握っているように思われても、お母様にとっては自分で行動できて、自分らしい生活を送っているように感じていると思います。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大学教授=介護福祉学