認知症110番

脈絡なく「ありがとね」と言う母

 85歳の母(要介護1)は長女の私たち夫婦と同居しています。数年前から話す内容のつじつまが合わなくなってきました。おしゃべりだったのに最近は口数が少なくなり、ボーッとしていることが多くなりました。先日もお茶を飲みながら、昔のことを思い出すようにと話しかけたのですが、頷くだけです。次々に話題を変え、母の表情を見ながら何を話そうかと考えていると、「ありがとね、ありがとね」と言い、うっすらと涙を浮かべていました。戸惑いながら手を握ると握り返してきましたが、気になりました。(長女、61歳)

【回答】優しい気持ちが伝わった

 いつもは話の内容が伝わっていないのではと思いながらも、積極的に話しかけなんとかその場その場を盛り上げているあなたの気持ち、よくわかります。少しでも会話ができるように配慮しながら、日々接しておられる姿が目に見えるようです。私も認知症の母の介護をしていました。よかれと思って母には次々話しかけていましたが、内容はもちろん、話すスピードにもついていけず混乱しているのではないかと感じたことがありました。

 話しかける側は自分の思いの中で次々話しかけますが、お母様の方は何の前触れもなく突然話が降りかかってくるのですから、戸惑うのは当たり前ですよね。この日も同様の状況だったと思います。それでも話が途切れて間が空き、あなたがお母様はどのように感じて聞いているのか、どんな思いをしているのかと気持ちを探っている、そのことがきちんとお母様に伝わったのだと思います。言葉ではなくとも優しく接してくれるあなたの思いが伝わり、「ありがとね」という言葉になったのだと思います。

 私たちは目の前で言葉を発して会話をしています。相手の表情も同時に読み取り、言おうとしている意味を感じつつ総合的に理解しています。しかし、認知機能が低下してくると総合的に理解することが難しくなってきます。お母様がわかるように話すには、言葉だけではなく気持ちを探りながら耳を傾ける、「聞く」より「聴く」、十分心を傾けて聴くということだと思います。心と心の響き合いが相手に伝わる基本だと思って、ゆっくりお母様の反応を見ながら会話をしてください。

 娘にはどうしても過去の母親像がしっかりと焼き付いています。それなのに目の前の母は以前とはほど遠い様子。だんだん違う人になっていく母の姿を日々見ていると、「なんとかして元の母に」との思いが強くなりがち。ついつい口調も強く早口になってしまい、お母様は責められている感じになるのではないでしょうか。認知症のお母様ではなく、お母様が認知症という病気を持っただけです。簡単ではありませんが、目の前のお母様をゆったりと受け入れ、心地良い気持ちが保てるよう探りながら会話を楽しむようにしてください。あなたの優しい気持ちは伝わっていることに自信を持ってくださいね。

回答者 是枝祥子(これえださちこ)
大妻女子大名誉教授=介護福祉学