読んでみた

言葉を忘れた父の『ありがとう』 前頭側頭型認知症と浅井家の8年

浅井勇希著/1300円+税/harunosora

 著者の父は前頭側頭型認知症。抑制が効かなくなるなどの症状が特徴だ。その父の発症から死までと、弁護士の息子ら介護家族の8年間の記録である。

 息子の事務所に何度も電話をかけてきたり、親族の通夜でしゃべりっぱなしだったり。2009年、父に異変が始まり、翌年68歳で認知症と診断された。万引き、徘徊へと進み、次第に家族の容姿も認識できなくなった。ヘルパーに息子のことを「誰ですか?」と聞いた時は、気が沈んだ。

 それでもある朝、父に「おはよう」と声をかけると、「ありがとう」と返ってきた。思えば、父が他人の悪口を言うのは聞いたことがなく、感謝を大切にする人だった。父はやがて暴力を振るうようになり、精神病院に入院する。しかし、病室には親族が続々と集まり、皆が昔話に花を咲かせた。

 76歳で逝く直前まで父の周りには人の輪が絶えなかった。著者は「『ありがとう』の人だったからでは」と振り返り、父が心の声で「ありがとうを大事に」と諭してくれていたと感じている。