読んでみた

母はもう春を理解できない

藤川幸之助著/harunosora/1800円+税

 詩人による初のエッセー。50代でアルツハイマー病となった母が亡くなるまでの、母への愛と葛藤をつづった24年間の物語だ。

 著者は当初、下やよだれの臭い漂う母との日々を人生の足かせと感じていた。しかし、生前の父から「母親が目ん前で必死で生きとっとぞ。息子のおまえになんでわからんとか!」と諭される。

 母のうなり声を10数年聞き続けるうち、痛みを訴えているのか、便をしたのかなど自在に判別できるようになった。父の死後、徘徊を始めた母を止めることばかり考えていたが、今なら母は必死で父を探していたのだと理解できる。行動の後ろに広がる心の糸をたぐり、「話を聞いて」という心の叫びに耳をすますことだ。

 胃瘻をするかしないか、人工呼吸器をつけるかつけないか、揺れに揺れた。だが、医師から「迷っていい」と言われて落ち着き、いつしか「悩み続けた日々は、優柔不断な無駄な時間ではなく、母を思う大切な時間だった」と思えるように。母が人を思いやる優しさを引き出してくれ、支える側が支えられていたことを知った。