谷川直子著/朝日新聞出版/税込み1870円
主人公で元中学教師の恭輔は96歳。10年前に認知症となり、在宅介護を受けている。恭輔の最期の20日間を軸に、過酷な介護の現状、家族の夫や父に対する思い、生死の境をさまよう恭輔の姿を軽妙に描写している。みとる側、みとられる側双方の視点から老いと死の意味を問う「老衰介護看取(みと)り小説」(帯文より)だ。
献身的な訪問介護士の手は借りつつ、家族で恭輔の介護を担うのは85歳の妻、志麻と娘たち女性に偏る。家族は疲れ果て、愚痴と不満を漏らしながらも、長く生活を共にした恭輔を気に掛けずにはいられない。
死間際の恭輔は、もうろうとした中で独白を繰り返す。若い時から好きだった小林一茶のユーモアをたたえた句が、恭輔の心象風景を浮かび上がらせる。
いざさらば 死(しに)げいこせん 花の陰
恭輔は一茶の句集の好きな句に線を引いている。家族は声も出せなくなった恭輔の思いを、印のついた句をたどって推し量る。
恭輔が逝き、長く続いた緊張から解き放たれた家族の穏やかな姿が印象深い。