読んでみた

私を忘れた父を愛す アルツハイマーの脳との七年

サンディープ・ジョウハール著、松井信彦訳/早川書房/税込み3190円

 米の心臓専門医の著者は、父の病、アルツハイマー病を正確に理解している。にもかかわらず、遺伝子学の研究者だった父の変化を感情的に受け入れられない。肉親故に平静でいられない葛藤や懊悩をさらけ出し、在宅か施設か、延命措置の有無など介護を巡る父や家族との意見の衝突を生々しく描いている。さらに認知症に関する最新の科学的知見や、欧州の先進的な施設の取り組みなどの情報も豊富に紹介している。

 父はかつて勤務した大学に自らの名を冠した奨学金を作った。しかし、創設のセレモニーで父は少女にカネを渡そうとするなど付き添いの著者を困惑させ、揚げ句、会の途中で「タクシーで帰る」と席を立った。つい、「どこにいるかも分からないくせに」と叫んでしまった著者だが、直後に悔悟と強い胸の痛みを覚える。父への尊敬の念が変質していく、家族としての戸惑いの記録でもある。

 翻訳者の松井氏は「あとがき」で、著者の父や家族とのやりとりについて、「きれいごとなしであそこまでさらけだして大丈夫かと、訳していて少々心配になったほどだ」と振り返っている。