読んでみた

わが母の記

井上靖著/476円+税/講談社文庫

 役所広司、樹木希林主演で現在大ヒット中の同名映画の原作。井上靖が次第に記憶を失っていく認知症の母親を作家の冷徹な目を通しながら愛情深く見つめる。

 約40〜50年前に書いた自伝的家族の物語。まだ認知症という言葉すら無かった時代に、10年にわたって母親の様子の変化を詳細につづり、世話に振り回される家族の哀感を描いている。記憶がどのように失われていくのか、家族の対応はどうすればいいのか。文学書でありながら、そのまま第一級の認知症ガイドブックにもなっている。

 映画と共通するのは、認知症をただ悲惨なものという描き方をしていないことだ。認知症は年を取ればだれしもかかる病気。認知症になっても幸せな暮らしを送ることができるよう家族が気を配る。そんな空気が伝わってくる。

2012年 財団報「新時代 New Way of Life」より