第4回「八重子のハミング」(日本・2016年)

(C)Team「八重子のハミング」

伝わる妻への深い愛

 自身も4度のがん手術を受けながら、若年性アルツハイマー病の妻をみとった夫の実話が基になっています。大手の映画会社が出資を取りやめ「自主製作」しながら公開までこぎつけた作品は、昨年10月の山口県内先行公開から1年近いロングランとなり、9月1日現在で全国の上映館数86館。まだまだ増える勢いです。なぜこんなにも熱い支持が寄せられているのでしょうか。

 監督は山口県下関市出身の佐々部清監督で、「陽はまた昇る」「半落ち」のほか、「チルソクの夏」のように山口県を舞台にした4作品もあり、郷土愛の持ち主としても知られています。

 映画は同県萩市に住む陽(みなみ)信孝さんが書いた同名の原作(小学館文庫)を基にしており、八重子さんの発病は1990年ごろと思われます。映画では胃がんの手術をした夫の看病疲れで様子のおかしい妻を、夫の誠吾が認知症と疑い、やがて12年にも及ぶ介護が始まります。誠吾が2度目、3度目と転移したがんを取り除く手術から生還するたびに妻の病状は進み、徐々に記憶をなくしていきます。それでも好きだった花には関心を示し、夫が彼女の大好きな歌を口ずさめば、唱和したり笑顔を見せます。しかし懸命の介護も及ばず、とうとう八重子は旅立ってしまったのです。

 介護保険がスタートしたのが2000年ですから、公的福祉サービスのない時代に誠吾は教育長という重責も果たしながらの「老老介護」を自力で行ったことになります。もちろん、まだ人のつながりの残っていた時代の地方都市のことですから、孤軍奮闘する誠吾を見かねて支援を申し出る人は次々に現れます。町の人の見守り、八重子の話し相手を申し出る教え子、家族の団結。何より夫婦が培ってきた同志的な感情と思い出の共有は、ケアをしているようで実は自身もケアされているというパラドックスの存在を我々に考えさせます。

 原作もそうですが、この作品は介護保険が無い時代でも、模範的な介護が行われていた、ある意味稀有(けう)な事例を描いたといえそうです。その鍵はやはり人のつながりでしょう。夫婦そろって教職に就き、地域でのネットワークは現役を離れても切れることはありませんでした。見方を変えれば、介護保険制度があっても「人のつながり」は欠かせないということではないでしょうか。そのつながりが切れぬよう日ごろから努めることが超高齢社会を生き延びる道と改めて思いました。

 映画が支持された訳はいくつか考えられます。出資を降りた大手映画会社への監督の意地や郷土愛が込められた映像に観客が反応したのかもしれません。28年ぶりにスクリーンに戻って来た主演の高橋洋子さんや夫役の升毅(ます・たけし)さんの好演もあるでしょう。そして何よりも介護という重いテーマの作品をわざわざ劇場まで足を運んで見に行こうという観客の超高齢社会や認知症への不安や関心の高さがあったかもしれません。あるいは、「八重子のハミング」という温かさを感じさせるタイトルにひかれた人もいたと考えていいと思います。

 映画は白髪の老人となった誠吾が妻の介護を通して感じたことを講演する場面から始まります。「妻を介護したのは12年間です。その12年間は、ただただ妻が記憶をなくしていく時間やからちょっとつらかったですねぇ。でもある時、こう思うたんです。妻は時間をかけてゆっくりと僕に 、お別れをしよるんやと。やったら僕も、妻が記憶を無くしていくことを、しっかりと僕の思い出にしようかと……」。妻・八重子への深い愛が伝わってきます。

「八重子のハミング」は全国順次公開中。
公式HP:http://yaeko-humming.jp

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担当:西村 薫

2017年10月