第5回「ペコロスの母に会いに行く」(日本・2013年)

(C)2013「ペコロスの母に会いに行く」製作委員会

ボケも悪いだけじゃなか

 2014年の正月早々、新聞やネット上に載った小さなニュースに目を奪われました。前年度に公開された映画の中から最優秀作品を決める恒例の賞レースで、老舗のキネマ旬報ベスト・テンが邦画部門で「ペコロスの母に会いに行く」(森崎東監督)を、また洋画部門では「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督)をそれぞれ13年の第1位に挙げていたからです。

 どちらも感動的な素晴らしい作品ですが、この2作品をご覧になった方は、ある共通点に気づかれたことでしょう。それは、主人公の一人が認知症になり、家族が介護する姿を描いた作品だということです。

 高齢化に伴い認知症になる人が世界中で増えているのですから、認知症の人が出てくる映画が増えてもおかしくはありません。でも筆者が注目したのは、作品としても退屈だったり、必要以上に暗すぎるといった欠陥がなく、それどころか人々を感動させ、しかも邦画と洋画の両部門で同時に認知症を正面から描いた映画がベスト作品に選ばれたということです。

 それは映画の展開上、認知症の人を都合よく登場させたり、演出上の効果を狙って病気の進行を速めたりするという制作者側の思惑を超えるほどに認知症が日常化し、認知症の正しい姿を直視せざるを得ない状況になりつつあるという事かもしれません。

 さて、「ペコロスの母に会いに行く」は岡野雄一さんのエッセイ漫画を原作にしています。長崎生まれ、団塊世代のサラリーマン、ゆういち(岩松了)は、小さなたまねぎ“ペコロス”のようなハゲ頭がトレードマークです。漫画を描いたり音楽活動をしたりで仕事に身が入りません。

 その一方で、父親(加瀬亮)が亡くなったころから認知症の始まった母(赤木春恵)の世話をしています。

 やがて、母は陽の明るいうちから息子が帰ってくるのを駐車場で待ち続け、危うくひかれそうになったり、タンスの引き出しに汚れた下着を大量にしまったり。ゆういちは、悩みながらも、母を介護施設に預けます。母の記憶が徐々に過去へと遡っていく様子に、ゆういちは「死んだ父ちゃんに会えるのなら、ボケも悪いだけじゃなか」と思い始めるのです。

 作品では、ゆういちが何度もグループホームに顔を出し、時に泣いたり、原作にはない孫(大和田健介)の祖母への優しさが描かれます。祖母のケアを主体的にやる訳ではないのに、祖母を見守る父を上手にサポートしています。孫の優しさは、母の不在で祖母に面倒を見てもらったという記憶があるからなのかもしれません。そんな孫には祖母もいう事をよく聞くのです。

 施設には竹中直人演じる男が母親を尋ね、最初は気が付かなかった母親が、偶然息子のカツラが取れた時「誰かに似ている」と言います。母があこがれていた夫でした。このエピソードを入れたのは、認知症の人が何も分からないのではなく、むしろ鋭く本質を見抜くこともあると監督は言いたかったのでしょう。

 自身の認知症を認め、病気と闘うことを公言している監督らしい描き方だと思います。

「ペコロスの母に会いに行く」の公式ページ:http://pecoross.jp/

上映会情報は東風(TEL: 03-5919-1542)にお尋ねください。

2018年1月