第6回 ロング,ロングバケーション(2017年・イタリア)

(C)2017 Indiana Production S.P.A.

夫婦の命輝く伴走

 これは認知症の映画だろうか。それとも老境に入った夫婦のラブストーリー? そのどちらであっても、脚本の素晴らしさと名優たちの味わい深い演技に酔いしれることになるだろう。

 ヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドが70代夫婦役で共演し、旅をしながら過ぎ去った日々を振り返りつつ、時に険悪になりながらも人生を肯定しようとする姿を力強く、ユーモアたっぷりに描いたヒューマンドラマ。

 アルツハイマー病が進行中の元教授のジョン(ドナルド・サザーランド)と、末期がんで入院するはずだった妻のエラ(ヘレン・ミレン)は、ある日突然、キャンピングカーでボストンの家を飛び出す。娘と息子も巣立ち、夫婦水入らずの時間を過ごすことができるようになった二人にとって、妻の入院は、かけがえのない仲を裂かれるだけでなく、認知症の夫にとっても病状の悪化につながりかねない重大事。夫婦で過ごす最後のバケーションと思い定め、ジョンが敬愛するヘミングウェーが暮らした家のあるフロリダのキーウエストを目指し、ひたすらルート1号線を南下する。

 娘のジェーンは母親からかかってきた「事後報告」の電話で、認知症の父親の運転を心配するが、夫婦はジャニス・ジョプリンやキャロル・キングといったお気に入りの音楽をBGMに、毎晩思い出のスライド写真の上映会を開いて、これまでの人生を追憶しながら旅を続ける。しかし、ある日ジョンの記憶の混乱に、ふと疑念を抱いた妻のエラが慎重な受け答えをしたことで、ジョンが墓場まで持ち込むはずだった秘め事があからさまになってしまう。

 脚本を書くにあたって、イタリアのパオロ・ビルツィ監督は、認知症のことをかなり調べ上げたようだ。忘れてしまったことを指摘され不安になる感情や、途中ですれ違った元の教え子から声をかけられ、妻も驚くほど自然な応対する様、あるいは妻の姿が見えないため助けを求めようとして、それがうまく説明できない様子など、症状のアップダウンが激しいことをリアルに表現していく。

 逆に、キャンプ場で朝起きたエラが、夫の姿が見えないことに気づき従業員と一緒に捜す際、夫の特徴を説明すると、「北部タイプの知的な人ですね。僕の好きなタイプだ」とスタッフに語って笑わせる。あるいは路上強盗の若者グループが親切さを装って近づきナイフを突きつけてきた時、ジョンは連中の言葉の使い方に反応し、「その文法はおかしい、学びなおしなさい」と生徒を諭すように話すなどユーモアにあふれる会話が続く。身につまされるカットがあるかと思えば、クスッと笑う場面もあって、悲喜こもごものバランスの良さに感心する。またキーウエストをはじめ、美しい風景の連続も楽しむことができるだろう。

 50年連れ添った夫婦の会話には味わいがあるが、大事な場面ではすべて妻のエラが選択しているのが印象的。もう限界というかのように老人ホームに夫を連れ込んだり、あるいは強盗団を追い払う場面での彼女の勇気ある行動、さらにはパトカーに呼びとめられた際の的確な指示なども素晴らしい。がんで余命わずかという思いがエラを凛々(りり)しくさせているのだろうか。

 ラストに向かって夫婦の命輝く伴走が見る者の心を打つことだろう。

「ロング,ロングバケーション」は全国順次公開中。

公式HP:http://gaga.ne.jp/longlongvacation/

 

2018年3月