やさしい嘘と贈り物(2010年・アメリカ)

© 2009 Overture Street Films, LLC

大事なのは今この瞬間

 人は認知症になって家族のことを忘れても、好きだったという感情は残ると言われています。ではこの映画のように、自分は独身の老人で、人生はずっと孤独だったと思っている男性の前に素敵な女性が現れ、デートに誘われたら、彼はどんな反応を示すでしょうか。その女性、実は彼の妻。アルツハイマー病が進行した夫の失われた記憶を取り戻してほしいと願って考えついた「大博打」だったのです。

 こう書いてしまうと、映画紹介では禁じ手のネタバレになってしまいますが、シリーズのタイトルでも「映画の中の認知症」とうたっているので、このコラムを読まれる方には主人公が認知症の人であると事前に紹介することをお許しください。

 時はクリスマスシーズン。孤独感を募らせる年老いたロバートは、心優しい隣人メアリーと出会い、彼の人生は突如として輝き始めます。メアリーも彼に好意を寄せているようで、いきなりの初デートも年の離れた職場の共同経営者マイクなど、周囲の人々の思いがけない協力も得て順調に進みます。会話からプレゼントの中身まで、二人はまるで本当の夫婦のようにしっくりいき、数日前までは想像もつかなかったような睦まじい日々を共に過ごしていくのです。だがロバートは毎晩のように正体不明の悪夢にうなされています。

 夫役のマーティン・ランドーと妻役のエレン・バースティン共演による名優同士の心温まる恋愛ドラマとして話題になったので、記憶されている方もいらっしゃるでしょう。

 さて、映画の中では興味深いセリフがいっぱい用意されています。おずおずと始まった2人の関係が、互いに自信を得て一気に盛り上がった時、ロバートは目の前の素敵な女性との愛に心を震わせながら「人生を無駄にしたかも」とため息をつきます。「そんなことはない。過去を振り返らないで」と打ち消しながらメアリーは「思い悩んでも過去は変えられないんだから」と続けます。アルツハイマー病が進んだという過去は置いて、自分を愛する今の気持ちこそ大事にしてほしいという思いでしょう。

 同様に未来にも厳しい目を向けます。

 「未来も同じ。そんなこと誰も分からないでしょ。だから今を楽しむの」

 過去の記憶を取り戻すことの厳しさを実感し、未来もあてにならないとしたら、大事なのは今この瞬間だと思うでしょう。そう思うからこそ、今はますます輝きを持って見えてきます。メアリーにとっては諦めていた夫からの愛を「取り戻した」という感激を存分に味わっていることでしょう。

 この作品はアルツハイマー病によって夫が妻のことを忘れてしまっても、妻が意図的に出会いを演出することでまた彼女を好きになってしまうという一種の夢物語を真ん中に据えています。だからこそ少々の無理はあったとしても、そこは「楽しむに限る」の精神で味わっていただきたいところです。

 夫の気持ちを自分に向かせるためには嘘をついてでも実現させたいという妻の思い。そんなひたむきな思いを見せられたら、応援しないわけにはいかないですね。

 登場する役者さんたちがとにかく魅力的です。

 「やさしい嘘と贈り物」はDVDでレンタル・発売中。

2018年8月