チャンス商会〜初恋を探して〜(2015年・韓国)

(c)2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved

記憶より心に残る思い

 前回、本欄でご紹介した「やさしい嘘と贈り物」(2010年・アメリカ)は、アルツハイマー病の進行した夫に妻が自分のことを思い出してほしいと願い、出会いを「演出」してまた恋人同士になるというラブストーリーでした。「そんなことは夢物語」と思う方もいるかもしれませんが、「そうあって欲しいという思いが込められたすばらしい作品」と評価する人もいるでしょう。そうなんです。実際に作品に惚れ込んだ韓国のカン・ジェギュという監督は韓国風の味付けを施したリメーク作品を発表し、日本でも15年に公開されました。

 こんな作品です。スーパー「チャンスマート」で働く頑固者のソンチル(パク・クニョン)は、独り身で孤独死も意識し始めています。ある日真向かいに引越してきた花屋のグンニム(ユン・ヨジョン)が妙に気になり惹かれます。優しく美しい彼女にドキドキしながらも素直になれないソンチルを見かね、チャンスマートのチャンス社長はじめ町の人々は一丸となって恋の成就を願い応援します。でも、そこにはソンチルに言えない事情がありました……。

 妻が周囲の助けも借りて「夫と新たに出会う」という基本的な構成は、「やさしい嘘と贈り物」と全く同じです。ただしそこは韓国映画。2人の初めての出会いは、バスから降りた田舎の稲穂が広がるあぜ道でした。そこで恥し気に名前を呼び合い、その後ソンチルが海兵隊に入ってベトナム戦争に従軍し、経済発展にも貢献した世代として描かれるなど、挿入されるエピソードはアジア的です。

 もうひとつ、オリジナル作品と大きく違うのは、ソンチルが自身を生涯独身だと思い込んでいる理由です。妻のことを忘れてしまったというだけではなく、記憶を思い出すきっかけとなるかもしれない過去の大事な家族写真をすべて処分してしまっていることも加えています。妻を忘れるほど認知症が進行すれば、写真を見ても分からないという声もあるかもしれません。しかし、2人で聴いた懐かしい曲が流れる中で写真を見れば奇跡が絶対起こらないとは言い切れないでしょう。そこでカン監督は映画の後半、アルバムを家族が片づけてしまい、ソンチルには見る機会がなかったと分かるシーンをそれとなく入れています。

 「シュリ」「ブラザーフッド」といった大作を撮り大ヒットさせたカン監督は、変わらぬ愛といった人の心の深奥を細やかに描くことを得意とし、脚本作りも手抜かりがありません。

 そろそろ結論に入りましょう。この作品のテーマは、生涯を貫くような深い思いは時間と共に薄れていく記憶にではなく、心に残っていくのではないか、という監督の問いかけです。記憶も心も収まる場所は同じではないかという見方もあるかもしれませんが、そうだとするとこの物語は始まらないでしょう。何があっても変わらぬもの、例えばそれが愛であったら、記憶としてではなく心で感じ、いつまでも残っているのではないか。監督はそう願い、観客にも理解してほしいのだと思います。

 ラストで監督はそんな仕掛けを用意しています。

「チャンス商会〜初恋を探して〜」はDVDでレンタル・発売中。

2018年9月