「ぼけますから、よろしくお願いします。」(2018年・日本)

(c)2018「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

両親を最高の被写体に

 タイトルにくぎ付けになりました。なぜなら自分の異変に気付き、不安や絶望に陥りながらも、今ある状況を受け入れざるを得ない認知症の人たちの切実な思いが伝わってくるからです。実際にこう述べたのは本作を手掛けた信友直子監督の母親文子さん(89歳)。アルツハイマーと診断されてから3年目の2017年正月でした。冗談めかした言い方の中に覚悟を決めたであろう母の切ない思いを感じたと監督は言います。

 この作品は信友監督が古里の広島県呉市に住む両親との思い出づくりとして父と母にカメラを向けたドキュメンタリーです。かつて乳がんのため心身ともに窮地に立たされた監督を愛情豊かに支えてくれた母親が認知症となり、徐々に親子3人の力関係が変わっていきます。

 TVディレクターの仕事を捨て東京から実家に帰ろうかと迷う監督に、父親の良則さん(98)は「(介護は)わしがやる。あんたはあんたの仕事をせい」と諭します。とはいえ母の症状は徐々に進んでいきます。「私はバカになった」とふさぎ込むみ、「どうしたらいいんかね」と泣く母を、95歳で初めてリンゴの皮をむき始めた父が支えます。

 暗くなりがちなテーマですが、娘である監督が一方で冷静なディレクターとして両親はもちろん自分自身をも観察しているところがポイントでしょう。たとえば父親との関係。典型的な母っ子だったと自認する監督は母親が認知症になるまでほとんど父とは会話がなかったのに、今は人生で一番、父と喋っているし、父が「案外イイ男」だと気づいて驚きます。また母の介護を通じ、今や父娘の間に連帯感が生まれたと感じているのです。さらに文句も言わず黙々と妻の面倒を見る父親の姿から以前は感じなかった両親の心のきずなを見出します。

 家族が認知症になっても辛いことばかりがあるわけではなく、時には家族の結びつきを強め親の愛に気づくなど自身への「贈り物」にもなるというのです。もちろん一人ひとりの人生が違うように認知症との向き合い方も一人ひとり異なります。当然介護も変ってきます。ですが監督の非凡なところは、どの家族にも起こりうる普遍的な問題として見つめ続けた視点にあると思います。そんな冷静さを心がける監督がかつて乳がんの抗がん剤治療のため髪が抜け落ちた時、カメラを構えた母親が「こっち向いてにっこり笑って。うんかわいい」と励ましてくれたことを思い出し涙があふれ出すシーンにはもらい泣きしてしまいました。

 感心したのは信友監督が身近にいる両親を最愛にして最高の被写体ととらえているところです。同じように認知症になった母親にカメラを向け「毎日がアルツハイマー」3部作を撮った関口祐加監督の場合も撮影を始めた動機は共通しています。娘であり、冷静な観察者。まさに「プロの目」を持った娘だからこそとらえることができた最高の被写体による映像だと言えます。

 妻の代わりに買い物や洗濯、縫い物までかいがいしくこなすようになった百歳近い父親が一度だけキレる場面があります。不甲斐ない自分に情けなさが募り「もう死にたい」と泣き叫ぶ妻に「じゃあ死んでしまえ、感謝して生きられないなら死んでしまえ」と叱ります。そこには介護するものとしての覚悟を感じさせるのに十分な迫力がありました。その一方であるがままを受け入れ、介護の傍ら大好きな新聞の切り抜きや読書にいそしむ姿に実直な人柄を感じカッコいいと思いました。

 「ぼけますから、よろしくお願いします。」は全国各地で順次公開中。

2019年1月