「長いお別れ」(2019年・日本 )

(C)2019「長いお別れ」製作委員会、(C)中島京子/文藝春秋

心はずっと生きている

 直木賞作家、中島京子さんの同名小説を原作に、中野量太監督が認知症になった父親とその家族の7年間を描いた作品です。認知症というと悲惨なとらえ方になりがちですが、全体に優しいユーモアがあふれています。また「認知症は、記憶を失っても、心は生きている」 という言葉を、監督が台本の裏表紙に書き込んで持ち歩くなど本作品の本質を忘れないよう心がけたことがうかがえます。

 中野監督は「湯を沸かすほどの熱い愛」が日本アカデミー賞など多くの映画賞に輝き、高い評価を受けました。以来、オリジナル脚本作品にこだわってきましたが、今回は中島さんの小説に惚れ込み、初めて手掛けた原作ものです。

 父昇平の70歳の誕生日に久しぶりに集まった娘たちは、元校長で厳格な父が認知症になったと母の曜子から告げられます。夫の転勤で、アメリカでの一人息子との慣れない生活に戸惑う長女の麻里。カフェをオープンさせる夢や恋愛がうまくいかない二女の芙美。それぞれ人生の岐路に立たされている姉妹は、徐々に記憶を失っていく父親に戸惑いながらも、父と向き合うことで変わらない親の愛情に気づき、自分自身を見つめ直していきます。ある日父親が行方不明となり母と姉妹の3人が必死で探す中、思いがけない場所で見つけた父の姿とは……。

 家族の誰かが認知症になると病気の進行がゆっくりしているため、アメリカではこの間の状態を「長いお別れ」と呼んでいるそうです。中野監督も原作者の認知症に対する基本的な考え方を踏襲し、本作でも7年間に渡る父の変化と家族の変化を並行して描きました。涙もあれば笑いもあり、家族にとっての大事なお別れの時間という風にとらえています。

 そして冒頭で紹介した「認知症は、記憶を失っても、心は生きている」 という言葉も中野監督が同じ様に原作から受け継いだ大事な視点だったのです。

 それを裏付けるようなシーンがあります。見知らぬ小さな姉妹から、メリーゴーランドに乗りたいので付き添い人になってほしいと頼まれた昇平は、黙ってその要望に応じるのです。回転木馬にまたがりながら最初はボーっとしていた昇平ですが、彼を捜しに来た家族3人が見つけ、「お父さーん」と呼びかけます。すると昇平に笑みが浮かびます。その時、「お父さん帰ってくるよ」と二女の芙美が叫びました。それがたとえ一瞬の輝きであっても、家族にとっては「心は生きている」と信じるに足る出来事だったのでしょう。

 話のかみ合わない父親に妻や娘が心情吐露する場面も印象的です。せっかく話しても分かってくれるだろうかと思いつつ胸のうちを吐き出すのですが、もしかしたら昇平は家族の思いを言葉ではなく話す様子から見抜いているのかもしれません。うんうんとうなづいている様子からはそんな想像もしてみたくなります。そしてたとえ父親が何も分かっていなかったとしても、父の反応に家族は癒されていたはずです。

 本作は豪華キャストも話題の一つです。父親に山﨑努、その妻に松原智恵子、長女に竹内結子、そして二女に蒼井優。中でも昇平役の山﨑努は原作を読んでいるときに出演のオファーが来る予感があったと語っています。「海辺のリア」の仲代達矢もそうですが、大物俳優がごく普通に認知症の人を演じる時代なったということでしょう。

 実際にはもっと悲惨な状況があるという声も出るかもしれません。でも監督はあえてドラマチックにせず、見終わった後に家族とは、老いとはとそれぞれが考える良い作品に仕上げました。認知症について深く考えたであろう監督の努力が生んだ作品。お勧めです。

「長いお別れ」は5月31日より全国公開
公式HP: http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

2019年5月