「お料理帖〜息子に遺す記憶のレシピ〜」(2018年・韓国)

「お料理帖~息子に遺す記憶のレシピ~」より (C)2017、ZOA FILMS, ALL RIGHTS RESERVED
 

あなたは「認知症になったらおしまい!」と思い込んでいませんか?

 本作は認知症の母親が残した一冊の料理帖から、息子が母親の家族への深い思いに気づき生き方を変えていくヒューマンドラマ。認知症になることを必ずしも絶望的とは考えず、息子の人間としての成長を引き出したり、周りの人たちにとって欠かせない存在となったりして生きる姿を描いています。

 女手ひとつで惣菜店を営みながら、男女二人の子どもを育てあげたエラン(イ・ジュシル)ですが、息子のギュヒョン(イ・ジョンヒョク)は万年非常勤講師で生活能力もなく、家計は家庭教師の妻に頼りきり。エランが孫の面倒を見ることもしばしばでした。それでも家族のために昼夜を問わず料理を作り続けていたある日、認知症の症状が現れます。しかたなくギュヒョンは母を介護施設へ預けることに決め家の片付けをしていたとき、一冊のノートを見つけます。そこにはエランが息子や孫を思って考えた家庭料理のレシピと、一人ひとりへの思いがつづられていたのです。

 この作品の魅力は認知症の人の本音や症状が丁寧に描かれているところです。例えばエランのこんな強気のせりふ。「施設を探してちょうだい。(私は)認知症なんでしょう。私の人生は私が決める」。そうかと思うと「忘れたいことは忘れられないのに、忘れちゃいけないことを思い出せない。人生はままならないものね」。

 息子に運転を頼んで田舎に行ったものの、本当の目的を忘れ息子からいつまでも小言を言われます。商店では子供用の運動靴を何足も万引きして捕まったりもします。このようにエランがとる一見不可解な行動も、やがて彼女の人生が明らかにされていくうちに心の奥底にあるものとの繋がりを思い切なくなります。

 キム・ソンホ監督の実体験を元にした脚本は、認知症の人を見る目が優しく、息子夫婦一家など取り巻く人々も丹念に描かれているので、良質な家族ドラマを見るように身につまされ、時には笑いに誘われる場面も。そして認知症になっても人としての一生懸命な生き方に心魅かれます。見終わってとても好印象を残す点でも高い評価を得られる作品です。

 母親が認知症になったことで起きるごたごたを描きながらも、おにぎりや夜なべうどんなど料理帖がつなぐ記憶の断片が息子の心に化学変化を起こします。ラストで明らかになる息子による母親への恩返し。それがどんなものだったかは作品を見てのお楽しみ。

 相手を思って作る料理は、じんわりと身も心も温めてくれる。そんなことを思い起こさせてくれる作品でした。

「お料理帖〜息子に遺す記憶のレシピ〜」は9月13日より公開
公式HP: http://kioku-recipe-movie.com/

2019年9月