アルツハイマーと僕〜グレン・キャンベル 音楽の奇跡(2014年・アメリカ)
全米ツアー感動の記録
映画のタイトルに「奇跡」の文字が入っているので、気の早い方は認知症になった人が奇跡的に回復したお話かと勘違いするかもしれません。残念ながら現在の医学では認知症の有効な治療法は見つかっておらず、病状の進行が抑えられていてもそれは一時的で、やがてゆっくりと進行していきます。それなら映画のタイトルは話題を集めるための誇大広告なのでしょうか?いえ、やっぱりそう言わずにはいられないタイトルだったのです。
本作は2011年にアルツハイマー病を公表したアメリカのミュージシャン、グレン・キャンベルがその後2年半にわたり家族と共に病と闘いながら151回もの公演を敢行した全米ツアーの記録。ご覧になれば本当に奇跡と言っていい感動の記録映像と思われるでしょう。
なにしろ認知症のミュージシャンですから、まず安心して演奏してもらえるようバックバンドには末娘のアシュリー・キャンベルら3人の家族も参加して父親を支えます。そんな配慮も効果があったのか、最初のころはギターの彼とバンジョー担当のアシュリーによる親子演奏合戦は正確さと速さに芸術性も加わり圧巻としか言いようがありません。
ところがツアーも後半になると演奏が不安定になり、演奏の合間に挟んでいくトークでは人の名前など単語がすぐには出ません。ハラハラする他の演奏者を横目に本人が「皆さんはこんな体験無い?台所に行って、はて、何しに来たんだっけ?というやつ」ととぼけます。記憶の衰えを隠さない本音トークに、観客は温かく大きな拍手で返します。
ツアーの様子を聞いて医師も「これだけ(日常生活を)キープできているのはおそらく好きな音楽を続けているから」。別の医師も「(脳内の)音楽的領域が広がっているんだと思います。そのため公演も続けていられるし、ほかの機能にプラスになっているのでしょう」と推察します。
ナパの最終公演では、文章の意味も分からない様子なのに仲間と唱和する彼の姿に「最後まで残ったのが音楽なのでしょう。彼の記憶と魂の奥深い場所にしっかり刻まれているのでは」と友人たち。ツアー終了後、調子のいい日にスタジオで録音した「アイム・ノット・ゴナ・ミス・ユー」は心を打ち震わす仕上がりでした。
映画の中でグレン・キャンベルはこう語ります。「アルツハイマーになったことは不幸かもしれない。でもこう思う。僕を通じてこの病気のことをもっとみんなに知ってもらおう。これこそが僕にとっての神の恵みだ。アルツハイマーの認識を広め、ほかの患者たちの役に立ちたい。そうなれたら最高だよね。がんばるよ」
見終わってみれば偉大なミュージシャンの人生の記録であり、彼と家族の旅路を通じて人はどう生きればいいかを考えさせられ、また美しい音楽に酔いしれつつ認知症についても理解を深めることができる稀有の作品であることが分かります。
2017年8月8日、81歳で逝去。
「アルツハイマーと僕〜グレン・キャンベル 音楽の奇跡」は全国順次公開中
公式HP:http://wowowent.jp/illbeme/
2019年10月