女優 原田ヒサ子(2019年・日本)

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 巨匠の黒沢明をはじめ日本を代表する映画監督に鍛えられ、少々のことでは驚かないはずの女優原田美枝子さんですが、母ヒサ子さんが発した次の言葉には思わず耳を疑ったそうです。

 「私ね、15の時から、女優やってるの」

 驚くのも当然です。15の時から、女優をやってるのは美枝子さんの方だからです。どういうことだったのでしょう。ヒサ子さんは認知症が進んで独り暮らしができなくなり、介護施設にお世話になっていました。たまたま体調を崩して入院中だったので認知症がまた進んだという可能性はあります。でもなぜ娘の人生がヒサ子さんの記憶の中に我がこととして取り込まれてしまったのでしょうか。

 ヒサ子さんは1929(昭和4)年生まれの90歳。第二次世界大戦を経験し、戦後は結婚して3人の子育てをしながらパートで家計を支えました。どこにでもいそうな普通の主婦。映画を見る機会はあったかもしれませんが、カメラの前で演技する役者とは無縁の人生でした。

 親は子を必死になって育てるけれども、子はそんな親の気持ちなど知らずに育つとよく言われます。親は子供と一心同体になって生きてきたから、中にはヒサ子さんのように娘の人生を我がこととして語ることができるのでしょうか? 改めて母親のすごさを見せつけ、母親とは何かを考えさせられるお話です。

 でも、このお話はここで終わりません。娘の美枝子さんはこう考えます。もしかして母の気持ちの中に女優として生きてみたかったという思いがあるなら、その夢を実現させてあげようと。こうして母に育ててもらった娘や孫が“おばあちゃん”を女優として撮影するドキュメンタリーのプロジェクトが始まりました。

 監督はもちろん制作、撮影、編集は美枝子さん。作品には母ヒサ子さんと美枝子さんが出演したのをはじめ長男でVFXアーティストの石橋大河さん、長女の歌手・優河さん、二女の女優・石橋静河さんら、美枝子さんの母への思いに賛同する人びともキャストやスタッフとして参加しました。

 時間は24分と短いですが、自身を女優と思い込むヒサ子さんが女優の仕事と育児との両立に悩んだことを孫に語ったり、映画の撮影時に使うカチンコを鳴らした途端、ヒサ子さんが女優の顔になる感動的なシーンも収められています。文字通り“女優原田ヒサ子”の誕生です。

 親の気持ちなど知らずに育ち、時には高慢な態度で母を苦しめたという美枝子さんが親の思いに気づき恩返しをした瞬間でした。

 『女優 原田ヒサ子』は全国順次公開中。

 公式HP:https://www.haradahisako.com/

2019年3月