アウェイ・フロム・ハー 君を想う(2006年・カナダ)

(C)2006 The Film Farm/Foundry Films/pulling focus pictures Inc.

 老人ホームに入っているお年寄り同士が時に恋仲になることがあると聞きます。いくつになっても人を好きになれる。いいと思います。でも認知症が進んだ夫や妻が連れ合いの顔を忘れての恋愛ごととなると穏やかではいられない人もいるでしょう。

 本作の主人公である元大学教授のグラント・アンダーソンは若いころ教え子の女学生に次々と手を出すなど浮名を流しました。ところが44年連れ添った妻に認知症の症状が現れます。夫への負担を考え自分の施設入所を提案する妻への愛情と在宅介護への不安に悩んだ末入所を決めます。そんな彼にとって妻のフィオーナがホームで見知らぬ白髪の男をかいがいしく世話するのに驚くとともに、平静に見ていることができません。これは単に病状が進んだせいなのか、それとも妻の自分への仕返しなのかと悩みます。

 物語は認知症がゆっくりと進んでいく妻を最後まで見守りたいとけなげにホームに通うグラントの目を通したヒューマンドラマのようにも見えますが、妻の口から時々発せられるトゲのある言葉を考えると、グラントが「もしや」と疑念を抱く気持ちもわからないでもありません。

 たとえばこんな風に。「わたしホームに入ることにしたの」と自ら提案し、それならと夫がホームの説明をし出すと、笑みを浮かべ「冗談よ」とはぐらかす。あるいはため息をつくように「忘れたい過去もあるわ」と思わせぶりなセリフを交えたりもします。トドメは面と向かって「(あなたは)浮気のし放題だったけど、まだ大学の同僚よりはまし。私を捨てないから。でも許せない仕打ちよ」とコテンパンです。

 この作品の優れているところは老人ホームにおける認知症の入居者同士の恋愛というテーマを題材に選んだことでしょう。また徐々に記憶を失っていくアルツハイマーのお年寄りが体調の良い時には病気など無かったようにしっかりと受け答えする様子もごく自然に描いています。それだけに妻のフィオーナが見せる言動が夫のグラントには「認知症のふりをしている演技かも」との疑念を呼んでしまうのです。リアリティーあふれる夫婦の心理描写で定評のあるサラ・ポーリー監督ならでは展開なのかもしれません。

 妻の仕返しか、それとも認知症は事実なのか。もうこれだけで監督は観客の心をしっかりとつかんでいきますが、実はもう一つ大きな仕掛けが用意されていました。グラントは妻のフィオーナがホームで世話をしていた相手の男性オーブリーを妻から引き離そうと考えたのです。そのためにグラントはある工作に乗り出します。それは成功したかに見えますが最後に大きなどんでん返しが起きて……。いえ、この結果は見る人によって解釈は変わってくるかもしれません。「サスペンスのつもりで見ていた作品が実はコメディーだった」というぐらいの衝撃が走ることでしょう。

 私自身、なんだかサラ・ポーリー監督に一杯食わされたような気がしました。でもこうも思いました。解釈は自由。答えは一つではないと言いたかったのかもしれないと。

 『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』はDVDでレンタル・発売中。

2019年8月