「女人、四十。」(1995年・香港)
認知症を主題とした作品は徐々に増えていますが、難民やジェンダーなど社会的なテーマを意欲的に取りあげてきた香港のアン・ホイ監督による本作品は、珍しいコメディータッチの仕上がりで観客を最後まで引きつけてくれます。
認知症の中でもアルツハイマー病の場合は病気の進行を遅らせることはできても完治しないため、介護に疲れた家族の描かれ方はどうしても暗くなりがちです。
本作の場合も同じ展開と思いきや、監督は香港や台湾の著名な賞レースの常連だけに、それだけでは終わらせません。小さな貿易会社部長の仕事と、突然転がり込んできた認知症の義父リンの介護を両立させるため奔走するメイの姿はため息なしでは見られません。もともとメイには辛(つら)く当たっていたリンの認知症が進んでからというもの、息子や孫のことは忘れても嫁のメイだけは覚えていて頼りにする。トイレの場所を間違えて部屋を汚す。やっと入所させた施設から逃げ出すなど次々と騒ぎを起こし家庭内もギクシャクし始めます。ん
アルツハイマー病の人は最近の出来事をすぐ忘れても過去のことはよく覚えている、というこの病気の基本的な知識を押さえつつ、また悲劇すれすれの哀感が漂う中、ユーモアあふれるやり取りを挟み込んで、40歳女性が苦しい生活に負けまいとする姿を力強く見せていきます。この辺のバランス感覚も見事です。
コンピューターシステムに精通し職場でちやほやされる美人の新入り女性の陰で存在感の薄れていたメイが、コンピューターのトラブルでお手上げ状態に陥った後輩をしり目に長年の記憶をたどり口頭で采配を振って山積みの書類をさばき、彼女の能力を改めて上司に認めさせるシーンはまさに監督によるメイへの応援歌のようです。
その間一時的に覚醒したリンがメイに次のようなことを言う場面があります。「人生とは辛い事の中に歓びを見いだすことだ」。まさにアン・ホイ監督が作品の中で最も伝えたかったことかもしれません。
本作品は認知症がまだ日本国内では「痴呆」と呼ばれていた1995年の作品。認知症の悲惨さばかりを描くのでなく、認知症になっても人としての尊厳が守られることの大切さをさりげなく教えてくれる作品になっていて、25年も前に作られたことに驚かされます。
メイを演じたジョセフィーヌ・シャオやリン役のロイ・チャオ、そして最初は認知症になった父親を前にしてオロオロするばかりのビン役のロウ・カーインらの熱演、好演を引き出した監督の演出が光りました。
認知症がより身近な問題になった今。アン・ホイ監督が今後どんな作品を撮るのか気になります。『女人、四十。』はAmazonでDVD発売中。
2019年10月