明日の記憶(2006年・日本)

 超高齢社会の到来とともに認知症の人を描く映画も増えてきました。しかし内容が暗かったり、作り方が真面目過ぎたりするせいか、啓発映画のように受け取られ、なかなか観客動員数を伸ばすまでには至らないようです。そんな中、本作品は若年性アルツハイマーを題材にした荻原浩さんの同名ベストセラー小説に感銘した俳優の渡辺謙さんが、原作者に直接交渉して映画化を実現し大ヒットにつながった感動作です。

 年内に50歳を迎えるサラリーマンの佐伯雅行(渡辺謙)は、医師から若年性アルツハイマーに侵されていると診断され呆然とします。同僚の名前が出てこない。同じものをいくつも買って妻から注意される。出先から職場へ戻る際に道に迷う。取引先との打ち合わせを失念する。徐々に記憶が失われていく現実に不安を募らせながらも、妻の枝実子に支えられ病気に向き合おうとします。

 若年性アルツハイマーが厄介なのは、本人がうつ病と勘違いしたり、症状を隠そうとして病気の発見が遅れてしまったりすることです。さらに65歳未満という現役世代での発病となるため、仕事を失い家計を直撃する可能性が高いということもあります。映画の中でも妻が働きに出て帰りが遅いと、夫が「自分は無視されているのでは」と誤解し不満をぶつけて口論となる場面が出てきます。

 作品を盛り上げているのは夫婦に扮した渡辺さんと樋口可南子さんの呼吸の合った熱演です。渡辺さんは病気の進行に伴い何度も感情を爆発させるなど不安定な心理状況にある夫をリアルに演じます。娘の結婚式では用意していたスピーチ原稿をトイレに置き忘れるという大失態。メモ無しで詰まりながらも愛情あふれる言葉をつないだ父親をしみじみと演じた渡辺さんの姿には泣かせられます。

 また、枝実子を演じた樋口さんは夫を支える献身的な妻を演じつつ、ラスト近くで自分のことを忘れてしまった夫に愕然とさせられますが、運命を受け入れようと考えた。そんな心の内のわずかな変化を目の表情一つで表すなど、こちらも胸に迫る演技です。

 製作は2006年。ちょうど05年に韓国映画「私の頭の中の消しゴム」が日本公開された翌年にあたり、若年性アルツハイマーへの関心が一気に高まった時期にあたります。認知症当事者のカミングアウトも講演会や交流会等のイベントを通じ普通に行われるようになりました。認知症を隠すのではなく、むしろ公言して協力をお願いする時代です。映画の中でも佐伯の退職日に見送りに来た元部下たちからそれぞれの名前入りの写真を1枚ずつ手渡されるシーンにそんな時代の変化を感じました。

 とはいえ認知症が進んだ時の居場所づくりはまだこれからです。小さな仕事でも「働いている」と社会とのつながりが実感できるような場を広げていきたいものです。

 「明日の記憶」は Amazon プライムビデオなど動画配信やDVDレンタル。

2021年6月