「金の糸」(2019年・ジョージア・フランス合作)
この作品は劇中の老作家エレネが「過去は重荷? それとも財産?」と自問し思いを深める中で一つの「人生観」にたどり着くお話です。こう紹介すると「年をとればだれでも過去のことを振り返るのでは」と思うかもしれません。でもジョージア(旧呼称・グルジア)の伝説的女性監督ラナ・ゴゴベリゼによる27年ぶり、しかも91歳での最新作にはある偶然がありました。それは監督が日本の金継ぎ文化に出合ったことです。そのご縁については後述しますが、まずは物語のご紹介から。
ロシアに接するジョージアの首都トビリシの旧市街。作家のエレネは生まれた時からの古い家で娘夫婦と暮らしています。今日は彼女の79歳の誕生日。家族の誰もがそれを忘れています。同じ名前のひ孫のエレネはよい話し相手です。娘のナトは姑(しゅうとめ)のミランダにアルツハイマーの症状が出始めたので、彼女をエレネの家に同居させると言い出します。エレネは旧ソビエト連邦時代、政府の高官だったミランダを快く思っていないのでした。そんな中、かつての恋人アルチルから60年ぶりに誕生日を祝う電話がかかってきます。やがて3人の過去が明らかになった時……。
過去を今に蘇(よみがえ)らせる誕生祝いの電話というのも感動的ですが、もともと「野の花」という平凡なタイトルだった作品が、日本の金継ぎ文化に触発された監督の手で「金の糸」に差し替えられたことにも驚かされます。監督によると数世紀も前から壊れた器を継ぎ合わせる金継ぎという日本の伝統文化があることを聞き、金の糸で過去を継ぎ合わせるならば、たとえば戦争の惨禍や許しがたい裏切りなど痛ましい過去でさえ重荷になるだけでなく財産にもなると言います。
確かにエレネは過去に自分の小説を発禁にしたミランダを憎みながらも、認知症で足元がおぼつかなくなった今も善行を積む彼女を見直そうとします。エレネはこうも言います。「過去を乗り越えたら、あとは未来を楽しむだけ」。果たして誰もがこのような気持ちの切り替えをすることができるかどうかは分かりませんが、「年齢は関係ない……いつも、どの瞬間にも楽しいことは全部この先に待っている」というエレネの力強い言葉はソビエト時代、父を粛正され、母を流刑にされた監督の心の声でもあるのです。
2019年2月4日に開催されたトビリシ映画祭の際、上映後の質疑で監督はこう発言しています。「長生きすればするほどいろいろなことを考えます。年をとるにつれてどうしても活発に行動できなくなりますから、より内面の感情や思考に集中するようになるのです」。老いの孤独の中にあって過去を悔やみ重荷とするより和解することができるのではないか。その過去には幸せや喜びもあったことを思い出し、年を重ねても前向きに生きるためのヒントを与えてくれる作品です。
『金の糸』は2月26日より岩波ホール他全国順次公開。
公式HP:http://moviola.jp/kinnoito/
2022年2月