「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」(2022年・日本)
ちょっとユーモラスなタイトルだったのでご記憶の方もいらっしゃるでしょう。本覧の第11回でご紹介した「ぼけますから、よろしくお願いします。」(信友直子監督)の続編です。
前作では広島県の呉市に住む母親(当時89歳)が認知症になったため、95歳(同)の父親が炊事や洗濯など家事全般をマスターして始まった老々介護がテーマでした。夫婦や家族の在り方を考えさせられるこの作品は、ドキュメンタリー作家としてのプロの目と実の娘として両親に寄り添う温かみのある眼差しが感じられるとして共感を集め、観客動員20万人の大ヒット作となりました。
前作の公開後も実家に通いカメラを回し続けていた監督でしたが、続編を撮ろうと思い立ったのは実家の押し入れの中からプロのカメラマンに頼んで撮ってもらっていたビデオテープを見つけたことでした。自身で撮った映像が家族にしか撮れない「実録もの」だとすれば、カメラマンの撮った映像は幻想的な要素も加わり映画作品としての存在感が増すのではないかと考えました。「少しでも良い作品を作りたい」という監督の「性」を刺激したようです。
認知症は症状がゆっくりと進むことが分かっているので、全体のトーンが暗くなりがちで続編は難しいというイメージがあります。それを承知で撮るのですから監督には何らかの確信があったはずです。それは普遍的な意味合いを持つ作品ができるという確信です。たとえば母親が自宅の冷蔵庫には買い置きのリンゴがいっぱいあるのにそれを忘れて買ってしまい、「またやっちゃった」と言わんばかりに両手に持ったリンゴを見せて照れ笑いを浮かべます。その笑顔に救われ心が温かくなるという場面です。
一方の父親は「妻の介護には体力が必要だから」と98歳になってから筋トレを始め、周囲を驚かせます。さらに妻が脳梗塞で入院した時も「やるしかない」と手押し車で毎日往復2時間かけて妻を見舞います。思わずお父さんを応援したくなり、自分もこうありたいと思わせてくれる作品です。
いよいよ体力が落ち打つ手が無くなった時、監督は父親と相談し母親を喜ばせてあげようと、ある目論見を医師に伝えます。その試みは成功したようです。移送中、母親は見慣れた風景が突然現れたことに驚きながら、懐かしそうに視線を巡らし涙を流したのですから。
一家には「諦め」という言葉は無いようです。期せずして続編のテーマは看取(みと)り、延命治療、終活となりました。
「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」は3月25日より全国順次公開。
2022年4月