「ドライビング Miss デイジー」(1989年・アメリカ)

Everett Collection/アフロ

 認知症の人やその家族を描いた作品は徐々に増える傾向にあります。描き方も様々です。ただいくら観客に感動を与えてもヒット作というと残念ながら多いとは言えません。そうしたなか、1989年に製作された本作はアカデミー賞の作品、脚色、主演女優(ジェシカ・タンディ)、メーキャップの4冠に輝き、また世界各国でも公開され話題になりました。なぜでしょうか。もちろんブルース・ベレスフォード監督の演出とそれに応えた俳優陣の演技力が評価されたこともあるでしょうが、それ以外にも理由がありそうです。物語に沿って見どころを探ってみましょう。

 長年勤めた教師の職を退いたデイジーはまだ元気いっぱいのつもりですが、運転中に大事故を引き起こしかけます。瞬時の判断力が落ちているのを認めない母の身を案じ、父の跡を継いで会社の社長となっていた息子のブーリーは、黒人のホーク(モーガン・フリーマン)を母専任運転手として雇いました。

 どの国にも多かれ少なかれ差別はありますが、アメリカは「自由の国」という国是を掲げているのに、黒人やイスラエルなどからの移民に対する差別があり、主題ではないこのテーマを随所に織り込んでリアル感を盛り上げています。たとえば町で音楽会などのイベントがあり、跳ねた後に自分の車を捜しやすいようにと気を利かしたホークが会場の玄関正面に車を停めていると、デイジーは「成り上がり者と思われたくないから他の場所に動かして」とユダヤ系アメリカ人の複雑な心境を吐露するのです。とても性格が合いそうもない二人が徐々にこころを開いていくのは、もしかしたらアメリカ社会における痛みの分かる者同士の物語としても見ることができるからかもしれません。

 この映画では差別を受けながらも毅然とした生き方を貫く二人だけでなく、「いい人」がいっぱい出てきます。息子のブーリーは大したもめ事でなくても母親から呼び出されれば、「またか」とため息をつきながらも母の不満を聴いてあげます。これから食事という場面でも妻は気持ちよく夫を送り出すのです。経済的な余裕もあるのでしょうがそんなシーンにはほっこりとさせられます。

 それでもデイジーの病気は徐々に進み、息子の判断で施設に入りました。ある日息子がホークを誘って施設を訪れ「調子の悪い時は僕の顔を見ても分からないんだ。君はどうかな」とホークに悪戯っぽく声をかけます。施設訪問は2年ぶりというホークが笑顔を向けながらデイジーに近づきますが、彼女は気づいた様子を見せません。ホークも忘れられてしまったのでしょうか。一瞬間をおいてデイジーがホークに声をかけます。「まだ息子から給料をもらっているの?」「はい」と返事する彼にデイジーが安心したように「いくらなの?」と聞き笑顔でホークがこう返事します。「それはお答えできません」。

 雇用者と使用人という垣根を越えて25年間にわたり紡ぎあげた友情とういう名の宝物。波風は立っても互いを信頼してきた二人の姿から、立場や性格の違いはあっても共に誠実に生きている姿が作品に好印象をもたらしているのではないかと思います。

 ドラマチックなことは何もなかったけれど温かい思いに包まれるお勧め作品です。

 『ドライビングMissデイジー』はAmazon Prime Videoなど 動画配信やDVDレンタル。

2022年8月