「百花」(2022年・日本)

写真(C)2022「百花」製作委員会

 この作品は俳優の豪華さや演技上の苦労話、あるいはストーリー展開のおもしろさもさることながら、どうしても語らずにいられないのは映画のテーマである人間の記憶の不確かさと、そこには愛という感情が絡んでいるらしいという不思議さです。

 そもそも女優の原田美枝子さんが2019年に認知症の母親を撮ったドキュメンタリー『女優 原田ヒサ子』の監督をしたことが本作品につながったように思います。同作品では母親のヒサ子さんが突然「私ね、15の時から、女優やってるの」と真面目に語って娘は驚かされます。なぜならそれは美枝子さんの半生だったからです。でも彼女は肝の据わった女優さん。母親の言葉をいちいち打ち消すのではなく「あっ、そうなの」と受け止める一方、仕事と育児で多忙な自分に代わり一心同体になって並走してくれた母への感謝の念を募らせます。母の状況を全面的に受け入れた美枝子さんの愛を強く感じます。

 その美枝子さんが本作では認知症の母親を演じています。過去には子供を置いて家を飛び出し一人息子の泉(菅田将暉)をつらい状況に追い込んだことがあります。その息子とは今もわだかまりがあるようです。大みそかの晩、久しぶりに実家へ戻った泉ですが会社からかかってきた電話を理由に夕食もそこそこに帰ってしまいます。

 そんな折、母親に認知症の症状が表れます。やがて病は徐々に進み、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前さえも分からなくなってしまいます。一方「半分の花火」という言葉をしきりに口にする母親に泉は困惑するばかり。ある日のこと、泉は母の部屋で1冊のノートを見つけます。そこには彼が決して忘れることのできない出来事の真相がつづられていました。

 「泉は私の愛がほしくてわざと迷子になっていた」と元気なころに話していた母親と、「親なのに母はよく迷子になった」と思い出を語る泉。物語が進むごとにわだかまりは解きほぐされていくのですが、記憶のズレを抱えているのは母親だったのでしょうか。それとも息子? ある夏の夜、お祭りの花火が華々しく打ち上げられる中、泉は母が繰り返す「半分の花火」の意味に思い当たります。その言葉こそ自分との時間を大事にしていてくれた母の愛を確信する言葉だったのです。

 「百花」は首都圏の公開はほぼ終了。動画配信やDVDレンタルで。

2022年8月