「私の頭の中の消しゴム」(2004年・韓国)

愛は奇跡を起こすのか

 映画のタイトルを見たり聞いたりするだけでは本作のイメージが湧きにくいかもしれません。でも恋愛結婚したばかりの女性が「若年性アルツハイマー病」と医師から告げられ追い込まれていく内容と分かれば、「消しゴム」という言葉の持つ残酷さが伝わってきます。中には見るのを敬遠する人も出てくるかもしれません。ところが製作された韓国では3週連続で観客動員数1位を記録。日本でも観客が詰めかけ、日本公開された韓国映画による累計の興行収入30億円という数字はアカデミー賞受賞の「パラサイト 半地下の家族」に敗れるまで15年もかかりました。

 ではなぜ作品が注目されたのでしょう。一つは名前だけでも観客を呼べる俳優陣の充実ぶりです。社長令嬢のスジンには人気俳優との共演が多いソン・イェジン。テレビドラマ「愛の不時着」のヒロインと言えば皆さんお分かりでしょう。そして愛する妻を支える夫チョルスはトップスターのチョン・ウソンと、申し分のない布陣です。

 一方で映画が作られた2000年代は日韓両国で相次いで介護保険が制定され、とりわけ認知症への関心が急速に高まった時代です。介護施設の整備が求められるのに合わせ認知症の人への対応も学ばねばなりません。そんな時代だからこそ、急に帰り道がわからなくなった、といった症状がリアルに描かれる映画に関心が寄せられたという面もあったと思います。

 映画の中でもスジンが「記憶のあるうちにあなたへのメモを書きます」と、愛し愛されて幸せだった思いを語れば、チョルスが「全部覚えておくよ」と返します。映画の後半、スジンが夫のことも忘れてしまうつらい場面も出てきますが、チョルスは何とか自分のことを思い出してほしいと願い、ある作戦を実行します。それは2人が初めて出会ったコンビニでの出来事の再演。スジンの顔にかすかな笑みが浮かび……。

 愛は奇跡を起こすのか、あるいは記憶は失われても感情は残るということでしょうか。いずれにしても映画には力がありますから、ここは流れに沿うように受け止めたいと思います。

「私の頭の中の消しゴム」は動画配信やDVDレンタルで。

2022年12月