「VORTEXヴォルテックス」(2021年・フランス)

(C)2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - WILD BUNCH INTERNATIONAL - LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM ARTEMIS PRODUCTIONS - SRAB FILMS - LES FILMS VELVET - KALLOUCHE CINÉMA Visa d’exploitation N° 155 193

親子の「終活」の勧め

 認知症を巡る社会の捉え方が変わろうとしています。認知症になると何も分からなくなるわけではなく、実際には飲食店やコンビニで働いたり、また自分らしく生きたりするという選択肢も増えてきました。

 今回の作品はフランスで暮らす、心臓に持病を抱える映画評論家の夫と元精神科医で今は認知症を患う妻の物語です。老いと共に病がゆっくり進行していく者同士の人生最後の日々をリアルに描いた作品です。

 2人には親と離れて暮らす一人息子がいます。父親から見れば自分たち両親の体調を心配し、たびたび実家を訪れる孝行息子。しかし彼の本心は父親にお金を無心することでした。それでなくとも夫は認知症の妻に振り回されるようになってきており、やがて日常生活にも支障をきたすようになりました。夫婦2人の間に暗雲が垂れ込めます。

 このような場面が延々と流れると、見続けることがつらくなるという人も出てくるかもしれません。 監督はセックスや過激な暴力シーンで定評のあるギャスパー・ノエ。監督によると「認知症の人の死ぬ間際までをリアルに見せる作品は少なかった。そんな空気が変わったのは2012年のカンヌ国際映画祭で老老介護の現実を描いたミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』が最高賞のパルムドールに輝くあたり」と言います。

  時代の変化に敏感なノエ監督がハネケ監督の快挙に刺激を受けたことは当然予想できます。またノエ監督の作品には彼自身の母親に対する介護体験をしっかりと盛り込んでいて、ようやく介護という念願の新境地を見いだしたことになります。

 そんな彼がこだわったのは撮影でした。複数のカメラで同時撮影した映像を「画面分割(スプリットスクリーン)で追い続けることで得られる映像効果への期待です。

 結果として、親子3人の間で隠されていた本心がリアルに浮かび上がってくるように見えるのです。監督が描きたかったのは孤独、それも人生で最も幸せであるべき晩年をどう迎えるかを考えましょうという「終活」の勧めでした。

2025年8月