「ベトナムの風に吹かれて」(2015年・日本・ベトナム)
尊厳を大切に生きる
この作品は2015年に日本で公開された初の日・越(ベトナム)合作映画です。ハノイ在住の日本語教師、小松みゆき氏のエッセーを、大森一樹監督が実写化しました。介護というテーマを中心に据える一方、太平洋戦争の末期、旧日本軍占領下のベトナムで多くの死者を出した歴史にも触れています。
ある日、みさお(松坂慶子)のもとに新潟で暮らす兄から父の死去を知らせる電話が届きます。急ぎ帰郷したみさおに兄夫婦は、82歳で認知症の兆候が見られるようになった母シズエ(草村礼子)を施設に入れることにしたと言い放ちます。
悩んだ末にみさおの出した無謀とも思える結論は母をベトナムに連れて帰るというものでした。
高齢になって見知らぬ外国での暮らしに母が馴染(なじ)めるのか不安はなかったのでしょうか。
ところが行ってみると、人々は母の起こす徘徊(はいかい)騒動やさまざまなハプニングもさりげなく見守り、声掛けをしてくれたり、自宅に送り届けてくれたりするのでした。母が1人で出かけて行方不明になっても、「日本人のおばあちゃんを見かけなかったか」という町内放送で事なきを得たこともありました。そんな地域の人たちの温かいサポートに助けられ母はベトナムの生活に馴染んでいきました。その様子にみさおは母をベトナムに連れて来てよかったと思えるようになっていったのです。
順調に見えた母との暮らしは、小さな交通事故によって一変してしまいます。
みさおの友人のバイクに便乗していた母が骨折をして入院を余儀なくされたのです。幸いにも自宅に戻れた母でしたが、みさおを悩ませたのは深夜の呼び出しコールでした。何としてもトイレに連れて行ってほしいと暴れる母にみさおはダウン寸前になり、母の拘束まで考えてしまうのでした。
それでもみさおはベトナムの人たちの支えを受け、苦難を乗り越えていきます。認知症であろうとなかろうと一人一人がどこまで相手の尊厳を大切に生きることができるか。それを「ベトナムの風」が教えてくれているような気がしました。
2025年10月