コラム「母を撮る」

イギリスロケ敢行2

関口祐加 映画監督

ヒューゴ・デ・ワール博士(左)の説明に耳を傾ける関口祐加監督(c)NY GALS FILMS

 そもそも「パーソン・センタード・ケア」とは何でしょうか? 分かるようで分からない。日本では、そんな声が聞こえてきます。実際、10月に「毎アル」の上映と講演会で鳥取県の米子に伺った時に、某大学の先生にも聞かれたぐらいでした。

 実は、「パーソン・センタード・ケア」にこそ、心理学的、社会学的アプローチが必要なんですね。そのことをしっかりと学習できたのが、今回のイギリスロケでした。詳細は、「毎日がアルツハイマー STAGE 2(仮)」でご紹介したいと思いますが、一つ例を挙げてみましょう。

 レイ・ブロウニイさんは、81歳で認知症の男性です。今回私が訪問したノーリッチの認知症病棟にケアホームから搬送されてきました。理由は? 大変気難しく、ホームのスタッフが手を焼いているというのです。他の人からは「サンキュー」を要求するのに、本人は絶対に言わない。特に女性のスタッフに対して、無視したり、暴言を含めたヒドイ態度をとるといいます。典型的な認知症の周辺症状(BPSD)の現れでしょうか。

 こんな時の「パーソン・センタード・ケア」のアプローチは、どうするのか。まず、ブロウニイさんの「人生」を探ります。ブロウニイさんは、生涯職業軍人で大尉だった人でした。もうお分かりですね。人生の大半を部下から「イエス・サー」と言われて過ごして来た人なのです。女性スタッフに対する反応が悪いのは、軍隊で男性の中で過ごして来たからではないか。また、暴言を吐く時が、決まって下半身の世話をする時に限ること、そして、バイタル・チェックで耳が遠いことも判明しました。結果として、下半身の世話の仕方に問題があり、耳が遠いので無視しているように見えるのではないかという仮説が立てられました。

 ブロウニイさんの家族やケアホームのスタッフは、ブロウニイさんが、大人しくなり世話がしやすいように投薬を望んでいます。しかし、ノーリッチの認知症病棟では、薬の投薬は、最後の最後の手段です。まず、ブロウニイさんの世話する人を若い男性だけにし、「イエス・サー、サンキュー」と返答することにします。また、下半身の世話をする時には、必ず一人は、ブロウニイさんの耳元で話しかけ、気をそらすようにすることを提案しました。さて、このことを忠実に実行したケアホームは、ブロウニイさんの態度に大きな変化があらわれ、今までの暴言などの周辺症状は、全くなくなったと後日報告があったそうです。

「パーソン・センタード・ケア」とは、ある意味では、探偵のように認知症の人の人柄、人生、心理状態を探る方法であることが分かると思います。認知症という病気自体そんなに重要ではない、と言い切ったヒューゴ・デ・ワール博士との会話は、とても刺激的でした!

2014年1月