コラム「母を撮る」

探偵になる

関口祐加 映画監督

黒こげになったプラスチックのボウル

 「毎アル2」の中で出会ったイギリスの精神科医ヒューゴ・デ・ワール博士は、認知症という病気に関して色々と名言をおっしゃっています。「認知症という病気だけが同じで後は、十人十色」というのは、その最たるものですよね。「毎アル」シリーズの上映会や講演で色々な場所に伺い「認知症の人は外に出るのが好きなので……」というような個人を鑑みず鋳型にはめる言い方を聞くと、すぐにデ・ワール博士のこの言葉が浮かんでくるほど私の中には、深くしみ込んでいます。そんなデ・ワール博士の言葉の一つに「探偵になる」という言葉があります。これは、どういうことでしょうか。

 我が家は、電子レンジもオーブン・トースターも昭和時代のハンドル式のものに買い替えています。ガス台は、鍋底が熱くなると自然にガスの火が消えるもので、ガスをつけるスイッチは、母が長年使っていたものと同じものを選びました。残念ながら、ここ数年は、母はガス台を使っていませんが……すべては、パーソン・センタード・ケアのコンセプトのもと、母の出来ることは母がするということを考え抜いて決めたものです。たとえば、母は、お茶をいれて飲むことが難しくなっているので、私が毎日マグカップに2〜3杯作り置きしておき、母が電子レンジで温めて飲むという具合です。

翌朝は何もなかったかのようににっこり=(C)2015 NY GALS FILMS

 ところが先日、母が珍しくガス台を使い、危うく火事になりそうになってしまいました。私が夕飯の買い物をして帰宅すると玄関には異臭が! 台所に行くとプラスチックのボウルが、原型が分からないほど燃え尽きていました。どうやらガスの火にかけてしまったようです。まっ先に思ったのは、母のやけどのことと、どんなにか母が驚いたか、ということでした。すぐに母の部屋に行きましたが、母は布団に潜り込み、寝ているのか、寝たふりなのか、目をつぶったまま返事がありません。台所には、消火器も出ていましたが、そのまま放置。どうやら使い方が、分からなかった模様です。つくづく自動消火になるガスコンロに変えてよかったと思いました。

 なぜ母が、ここ数年は使わなかったガス台を使ったのか。ここからは、<探偵関口>の登場です。その答えは、翌朝分かりました。電子レンジのコンセントが抜いてあったことに気づいたのです。母は、なぜかよりによって、電子レンジのコンセントを抜いてしまったんですね。そうなるとお茶を温めることが出来ず、ガス台を使って温めようとしたのでしょうか。

 一つの事象だけを見ていては何も分からないし、理解も出来ないとつくづく思った次第です。翌朝母は、火事のことはすっかり忘れ、この笑顔! ああ、忘れることができるって本当に素晴らしい。

2016年3月