コラム「母を撮る」

記憶と感情の相関関係 前編

関口祐加 映画監督

不安になる。そして呵々大笑
=(C)NY GALS FILMS 2017

 母が、アルツハイマー型認知症と診断されて丸7年経(た)ち、自宅介護は、8年目に突入です。人生のごとく、まさに山あり、谷ありの日々。そんな中で認知症に関して色々と考えてきている事があります。

 まず、記憶についてです。認知症と言えば、記憶の問題と誰でも考えるのではないでしょうか。私も母の認知症との長いつき合いの中で、つい<記憶の問題=忘れる>と考え、忘れる事は決して悪いことではないと思ってきました。むしろ特記すべきは、母の激しい感情の起伏の方だと考えています。感情の起伏や爆発は、一般的に認知症の人の特徴として捉えられることが多いように思われます。

 「忘れても感情は残る」これは、よく聞きますよね。しかし、この表現は正しいのかどうか。本当に全てを忘れているのであれば、記憶も感情も忘れることが出来るのではないか。ずっとずっと抱いている疑問です。

 5月に「毎アル」ファイナル完成のためのクラウドファンディング・イベントの一環として対談させて頂いた都立松沢病院院長の斎藤正彦先生は、古い記憶が記憶のつぼの中にしまわれていて、新しい記憶は入っていかないという表現をされます。一般的に注目されるのは、この記憶のつぼに入っていかない新しい記憶の方でしょう。ただ、ここでも新しい記憶は、入っていかないので「忘れる」という表現は正しくないように思います。

 私の興味は、古い記憶が記憶のつぼにしまわれている方です。このことについて昨年10月、再度イギリスに「毎アル」ファイナルのために撮影に行き、ハマートンコート認知症ケア・アカデミー施設長であるヒューゴ・デ・ウアール博士と話し合った結果、遂に腑(ふ)に落ちたのです! 認知症の問題は、忘れることではない。記憶のつぼにしまわれている記憶を「取り出すことができない=retrieveできない」ことである。もっと言えば、古い記憶は、忘れてはおらずキチンと残っている(しまわれている)。

 ああ、まさしくそう! 私も老いて物忘れをするようになり、あの何とも言えないもどかしさを体験することが多くなりました。手がとどくようで届かない自分の記憶。はっきりと記憶が残っていることは認識できるのに、思い出せない。そんなことからまさしく「記憶を取り出すことができない」という表現こそが、ピッタリであると合点が行きました。

 さて、次号では、この残っているのに取り出せない記憶と感情の相関関係について書いてみたいと思います。

2017年8月