コラム「母をみとる」

母の食欲とみとり

実は食べることが大好きな母

 冒頭から落語のお題のようですが、食欲がどのように<みとり>とつながるのでしょうか。

 母の思い出は、とにかく意思強固に自分を律する姿でした。これでもかというほど、自分に厳しく、家族に厳しく、他人にも厳しい人だったことは、間違いありません。

 そして、そんな母の厳しい眼の矛先は、主に父と父の姉(伯母)と私でした。そう、3人とも関口家の人間なんですね! 我ら3人は、いい意味で<イイ加減>で、世間体を全く気にせず、アバウトな性格の持ち主プラス食べることが大好きなので、肥満系……そんな我々が、母には許せなかったらしいのです。

 母から見て<肥満>である我々は、自分のコントロールが出来ないだらしがない人間に見えたらしい……もう伯母も父も他界していますが、伯母がこんな母のエピソードを話してくれたことを鮮明に覚えています。

 「あなたを産んだお母さんは、体重が20キロ増えたらしいんだけれど、産後4週間で元の体重に戻したのよ。私なんか2人産んで体重は増加のままで来ちゃっているのにね」。母の強烈に自分をコントロールするという意思。

 体重増加を恐れた(?)母は、必然的に食べることには、我々のように貪欲ではありませんでした。食べることに貪欲ではないということは、料理にもあまり興味がない。いえ、好きではなかったと思います。小学生の私が覚えているのは、台所でブツブツ文句を言っている母でしたから。

 そんな母が、常々私に言っていたのが<生涯ダイエット>。体重増加を避けるためにずうっとダイエットをするということですね。2009年拙作「THEダイエット!」が、日本で劇場公開されました。これは、オーストラリアで製作したドキュメンタリー映画ですが、オーストラリアは、米国に次いで肥満大国です。オーストラリア滞在20数年で100キロ直前まで体重増加した私が、自らダイエットしながら、食の専門家たちにインタンビュー。ダイエットの有効性と<私はなぜ食べてしまうのか>という問題を掘り下げた作品です。

 映画の中で専門家の一人がはっきりと「ダイエットは続かない。いつか終わる時が来る」と言い切ります。私も同意しつつ、その時思ったのは、母のことでした。母は、ずっと続いている。母のダイエットも、終わる時が来るんだろうか……。

 いやあ、来たんですね! 認知症になった母は<生涯ダイエット>を忘却の彼方に押しやり、食べる、食べる! ここで食は大事とばかり、介護者として色々と食の制限をする人もいらっしゃるでしょう。私の考え方は、違います。母には、食べたい物を食べたい時に好きなだけ食べてほしいと思ったのです。

 このことは、実は、食欲だけの話ではありません。生涯自分を律して生きてきた母の<心の解放>の話なのです。好きなように食べるという行為を通して、自由を手にする。母は、初めて自由に制限されないことの喜びを知ったと言っても過言ではありません。母の自由を応援することで、母は落ち着き、明るくお茶目になりました。認知症によって母が変わったのではなく、元々母が持っていたものが、引き出されたのだと思います。

 母は食べられなくなるまで、しっかりと食べて、最期は、母の意思を叶(かな)える緩和ケアを受けながら亡くなった。何て幸せな逝き方だったのでしょう。そして、この母の自由は、介護者である私が、自由奔放に生きてきたが故にどれだけ大切であるかを理解しただけではなく、実行にも移せたのです。

 あれ? 最後は、自画自賛ですね!

2020年10月