家族の会だより

認知症の人と家族の思いを読む

認知症の人と家族の会理事 福井県支部 和田誠

 今から約20年ほど前のことです。私が特別養護老人ホーム、いわゆる特養の事務職員として転職したばかりの時のこと、その施設にはショートステイが併設されており、認知症の彼女(当時75歳)は利用者として来られていました。

 海岸沿いで生まれ育った彼女は5年前までご主人と民宿を営み、女将として立派に切り盛りされていたそうです。ご主人はとても真面目な性格の方で、少しでも彼女の認知症がよくなってほしいと評判のいい健康食品を試してみたり、脳トレドリルなどを懸命にさせたりしていました。また、彼女の足の筋力が弱ってこれからの介護が大変になっては困ると「エアロバイク」を自宅に購入し、彼女に課したりしていました。

 ショートステイでの彼女は決まって日が暮れた頃になると、「お父さん(ご主人)が待っているから帰るね」と口にしていました。

 「いやいや、今日はここに泊まっていくんですよ」「民宿の仕事がたまってんのよ!」「もう民宿はやってませんよ。今日は帰れないって言ってるでしょ」といった、介護職員との口論が聞こえてきます。彼女はその健脚でこっそり玄関から出て行き、職員全員で探し回ったことも度々ありました。無事、発見し施設に連れ戻した際、職員から「何度言ったらわかるんですか!今日は泊まるんですよ!」と怒られ、部屋に閉じ込められるなどしていました。

 そんなある日、彼女が私にポツンと漏らしました。「全部私がこんなになってしまったもんだから。お父さんに悪くてね」

 私は、ずっと思っていました。「どうして認知症の人は、閉じ込められたり、バカにされたりして生きていかなければならないのだろうか」「認知症になると、ひどい扱いをされても仕方がないと、諦めなければならないのだろうか」と。

 介護に携わり始めたばかりの私が認知症の人が感じている苦悩や不自由を、自身の体験として想起してみる、思いをはせるというきっかけになった出来事です。

認知症の人と家族の会理事 福井県支部 和田誠

2022年8月