家族の会だより

認知症と終末期ケア

杉山孝博・認知症の人と家族の会副代表理事・医師

 認知症の自然経過としては、もの忘れなどの症状が出て認知症と診断される「発病期」、認知症のさまざまな症状が次々と出現する「精神症状多出期」を経て、動きが悪くなり転びやすくなり飲み込みが悪くなるなど「身体症状合併期」、寝たきりになり嚥下(えんげ、飲み込み)障害が起こり意識障害などが出現する「終末期」を迎え、最終的には「死」に至ります。

 したがって、認知症は「死」までを包含する病気です。認知症の人と家族の会の「つどい」で、摂食嚥下(えんげ)障害・褥瘡(じょくそう)(床ずれ)・感染などの終末期ケアが話題になるのは当然だといえます。

 私は、44年前に訪問診療を開始して以来、数千名の在宅患者を自宅あるいは施設でみとってきました。脳血管障害・がん・呼吸不全・心不全・肝硬変・神経難病などさまざまな疾患の患者をみとっていますが、最近は認知症の人のみとりが多くなっています。

 このような経験から私が感じたことは、認知症の人の最期は極めて穏やかであるということです。進行がんがあっても、痛みを訴えることが少ないため、麻薬などの鎮痛剤を必要とするケースはまれです。

 このことを知り合いの東大名誉教授大井玄先生(認知症に関する著書も多数)に話したところ、先生は早速、「進行がん」「認知症」「疼(とう)痛」のキーワードで世界中の文献を検索しましたがヒットする論文が一つもなかったそうです。そこで、高齢者のみが入院する都立松沢病院外科病棟の進行がん患者のカルテ調査を実施されました。

 その結果は、認知症のない患者(23人)では、痛みの記載があるのは21例(91%)、麻薬使用が13例(57%)であるのに対して、認知症のある患者(20人)では、それぞれ、4例(20%)、0例(0%)でした。私の経験と見事に一致していました。

 このようなことから、認知症は、ベールを1枚1枚重ねるように、終末期の疼痛や不安、恐怖などを軽減する仕組みではないかと私は思っています。

2022年12月