家族の会だより

「認知症になって幸せです」

認知症の人と家族の会
鎌田松代 代表

 京都府認知症応援大使の元設計士、幸陶一=ゆき・すえかず=さん(78)の講演を聴きました。満面の笑みで「認知症になって幸せです」と何度も話されます。哀愁のある音色のハーモニカ演奏は聴衆を魅了しました。絵画教室や地域の「男の居場所」「おれんじカフェ」などに通い、自身が設計に関わり知り尽くした、お住まいのニュータウンを散歩して過ごされています。なぜ認知症になって幸せと笑顔で話せるのか、幸さんやご家族と話す機会を得ました。

 仕事の土木設計は崖の測量や宅地造成などで、裁判所に提出する資料も多く作成してきたとのことでした。仕事を辞めるきっかけはその裁判で資料内容を発言できなかったことでした。主治医から仕事は辞めた方が良いと言われ、すぐに辞めたといいます。76歳でMCI(軽度認知障害)の診断を受けてから数年後のことでした。

 「仕事を辞めることはつらくなかったですか」との問いに「人の命に関わる仕事ですから……」と。そして「認知症になって幸せです」と言い切りました。

 夜中でも仕事のことが気になり書類を作成してきた仕事人間だった、とのこと。「幸せと言えるのは、何があるからですか」とお聞きすると、「仕事から解放され、家族や周りの人が親切にしてくれるし、好きなことができるから……」と話してくださいました。福祉の専門職の娘さんは「診断直後はショックだった」と話されています。しかし、夫の認知症を受け止めきれない母に病気を理解してもらい、甥(おい)や姉も認知症の伯父、父を受け入れることで父の今の毎日があるといいます。食器洗いや洗濯物関係は幸さんの役割だそうです。

 「男の居場所」などに集う人は皆、彼の認知症を理解し認知症の人ではなく、ハーモニカが上手な人として、また人柄に親近感を持ち交流しています。

 「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が6月に成立しました。共生社会とはどんな社会なのか、見えにくいものです。その点、幸さんが暮らす地域は共生社会を可視化しているようです。「認知症の人」ではなく、認知症と診断されてもその人に変わりはないと受け止め、病気を知り、人として付き合い続ける地域です。家族も認知症の人も丸ごと受け入れる地域です。

2023年8月