家族の会だより

認知症基本法が示す未来

森川隆・認知症の人と家族の会理事

 私は2年前から家族の会の機関誌「ぽ〜れぽ〜れ」の編集委員を務めるようになり、会員の方の介護体験記を読む機会が多くなりました。これらの体験記は、私にとって心が洗われるような時間であり、大切な気づきをもたらしてくれるものです。

 中でも、今年の1月号に掲載された体験記には、深く心を動かされました。その中の一節、「母は私に手を合わせ、ありがとうと言った。こんな私を赦(ゆる)すのか。母はなんと大きな存在なのか」。この言葉に涙が溢(あふ)れ出ました。

 言わなければよかった言葉、優しくできなかった思いを心の奥にしまい込んで生きてきた自分の姿と重なり、その言葉が私の心に深く染み込みました。言葉にできない思いを抱えながらも、涙を流すたびに癒されることを繰り返す中で、私の記憶の中にいる母は優しい存在へと変わってきたように感じます。

 介護体験記を読むことは、自らの過去と静かに向き合う時間でもあります。自然と心が浄化され、「共に生きる」とは何かを改めて考えるきっかけにもなりました。共に生きるとは、共に悲しみを分かち合い、その中から大切な心を育て、共に希望ある未来を築いていくことだと学ぶことができました。

 私たちは、悲しみの体験を通して他者を思いやる心を育みます。病気や障がいを通して、人として本当に大切なものに気づいていきます。悲しみを体験した人ほど、他者の悲しみに共感する力を持ち、その共感が現実を受け入れる力となり、明日を生きる希望になるのです。

 互いに支え合うことで社会は豊かになる、発展するということを人々が理解した時、この社会は大きく変わり、認知症基本法が目指す社会、すなわち共生社会が具現化されるのだと思います。

 認知症基本法が示す未来とは、認知症から大切なことを学び、より豊かな社会を築いていく未来ではないかと感じています。支援する側、される側という線引きを越え、互いに支え合う喜びを感じられる社会こそ、真に豊かで、やさしい社会だと信じています。

2025年10月