家族の会だより

「昔に戻りたい」の意味

川井元晴・認知症の人と家族の会共同代表

 タイムマシンで「昔に戻れる」としたら、いつが良いでしょうか。若く活気に満ちていた学生時代や、社会や家庭で重要な役割を持ち活躍していた時代を想定される方も多いのではないかと思います。

 認知症が進行すると、例えば定年後何年も経(た)っているのに、「会社に行かないといけない」と言ってスーツを着る男性や、既に社会人になり家庭も持っている息子さんのために「学校に行くお弁当を作らないと」と台所で支度をする女性の話はよく聞きます。一般的には、その人が一番活躍し輝いていた「昔に戻っている」のだと言われます。確かにそのような発言をされる人に年齢を聞いてみると、現実に引き戻され混乱されながらもその時代に遡(さかのぼ)ったお歳(とし)だと回答されることが多いように思います。

 認知症が軽度の人や、認知症の前段階である軽度認知障害の人に、つどいやカフェなどで冒頭の問いについて尋ねたことがあります。「昔に戻りたい」と言う認知症の人に、それは仕事をして活躍していた時代に戻りたいということなのか、と尋ねたところ、明確な返事をもらえず考え込んでしまわれました。

 その時代に戻る、ということは充実した体験だけでなく苦い体験も併せてのことだとすると、確かにどの時代に戻りたいのか返答に困ることもあり得るのだと思いを馳(は)せました。どの時代、というよりも認知症になる前の、記憶障害や生活障害で困ることのなかった頃に戻りたい、ということなのかも知れませんし、自分にしかできない役割を果たせる状況に身を置きたい、ということかも知れません。「昔に戻りたい」という短いフレーズには、現状では満足していない、達成できていない様々な要因を解消・解決したいという意味が込められているのではないかと改めて考えるこの頃です。

 認知症で悩む本人と家族が、そのような意味で「昔」に憧憬(しょうけい)や郷愁を抱くことが少なくなるように、安心して暮らせる地域作りについて私たちの役割を果たしたいと思います。