スポーツ界の不祥事と認知障害――「幹部」の高齢化と頭部外傷が関係?

 連載の第2回目は「アルツハイマー病研究の歴史」について執筆する予定でしたが、最近問題になっているスポーツ団体関連の不祥事について、認知障害研究の観点から議論してみたいと思います。

 「ボクサー脳」が認知症の原因となることはよく知られていますが、最近の疫学的研究によって、プロのアメリカンフットボール選手やサッカー選手も認知症を発症するリスクが高いことが分かっています。練習中や試合中に頭部を強く打撲することが原因だろうと考えられます。認知症のリスク因子は複数ありますが、加齢や頭部外傷は間違いなくリスクを高めると言えます。

 そうすると、「頭部外傷を伴う他のスポーツは大丈夫だろうか?」と思う人がいるでしょう。たとえば大相撲では、100キロを超える巨体が土俵から転がり落ちるのは日常茶飯事です。額同士を激突させるぶつかり稽古で、脳しんとうを起こす力士もいます。もともと、引退した力士の寿命が短いことはよく知られていますが、認知障害のある元力士は確実にいると思います。相撲協会は長年の問題を抱えています。

 それから、体操も同じだと思います。練習中や試合中の事故で大けがをしたり、亡くなったりする若者は少なくありません。大けがはしなくても、頭部外傷の経験者は随分いると思います。最近、指導者の選手への暴力が問題になっていますが、前頭葉の機能が衰えた人は自分の感情をコントロールすることができず、手を出してしまう可能性が考えられます。

 ここで述べた「ボクシング」「アメリカンフットボール」「相撲」「体操」等は、関係者の不祥事が大きな問題になっていますが、一つの共通点は「頭部外傷のリスク」です。認知障害と無関係ではないと、私は推測します。認知障害を有する人たちが自分を守る方法の一つは「偉くなる(権力を持つ)こと」です。高齢になっても権力にしがみついている人たちは、この可能性があります。その理由については本稿の最後に書きます。

 逆に「頭部外傷を伴う可能性が低いスポーツ」はどうでしょうか?典型的なものは、卓球やテニスや陸上や水泳です。マラソンランナーの晩年について調べると、とくに問題があることを指摘する文献は見当たりません。水泳も同様です。有酸素運動を伴うこれらのスポーツは、酸化ストレス(酸素ラジカル・過酸化水素・一酸化炭素・一酸化窒素等の発生)によって全身がダメージを受ける可能性が考えられますが、人体には酸化ストレスをコントロールする還元メカニズムがあり、これらのスポーツのアスリートはその能力も優れているのでしょう。むしろ、有酸素運動はアルツハイマー病のリスクを軽減すると言われています。

 さて、「インドの大家族の長老は認知症にならない。」と言われます。それは、認知症の定義が、「社会生活を送ることができないほど」認知能力が低下している状態を示すからです。インドの長老はかなり認知能力が低下しても、周囲の人間が彼の望みを忖度して、必要な物や事を提供します。つまり、「社会生活を送ることができる」ので、医学的には認知症とならないわけです。言い換えれば、権力は認知障害が存在しないように見せかける方便となります。断定はできませんが、最近のスポーツ界における不祥事は、高齢化と頭部外傷による認知障害が関係あるのではないかと推測します。意思決定にかかわる「幹部」と呼ばれる方たちは、認知症専門医の診断を受け、必要なら治療を受けた方がよいと思います。

 スポーツ関係者の不祥事と認知障害の関係については、単なる仮説に過ぎませんが、この観点から問題の本質が見えるかもしれません。いずれにしても、スポーツに限らず、認知症のリスクを下げるために、頭部外傷を避けるべきであることは間違いありません。

2018年9月