アルツハイマー病と遺伝について

遺伝子「多型」の解析で発症年齢の予測も

 アルツハイマー病には、明確に優性遺伝する「家族性アルツハイマー病」とそうではない「孤発性アルツハイマー病」があります。家族性アルツハイマー病は、全患者の1%以下ですから、一般の方はあまり心配する必要がないと思います。優性遺伝とは、両親の内1人が家族性アルツハイマー病遺伝子変異を有する場合に、子供が2分の1の確率で発症するものです。一般に若年性のケースが多くありますが、65歳以上の高齢者に見られる場合もあります。

 一方、孤発性アルツハイマー病は遺伝子が全く関与していないのでしょうか?前稿で書きましたように、アポリポたんぱく質Eのε4遺伝子型は、孤発性アルツハイマー病の発症リスクを大幅に高めます。孤発性アルツハイマー病は基本的に65歳以降に発症する晩期発症型ですから、「人生50年」の時代は顕在化しませんでした。しかし、現代日本の平均寿命は、80歳を超えますから、アポリポたんぱく質遺伝子ε4遺伝子型保有者はほぼ確実に高齢で発症します。そういう意味では、アポリポたんぱく質遺伝子ε4は「高齢者の家族性アルツハイマー病原因遺伝子」であると言い換えても間違いないでしょう。

 一般的に遺伝子には、個人間で異なる「多型」というものがあります。遺伝子の塩基配列の多様性のことです。現時点で分かっている「孤発性アルツハイマー病の発症に影響する遺伝子多型(「バリアント」ともいいます)は、約30種類です。リスクを上げるものがある一方で、下げるものもあります。このバリアントの同定は、「全遺伝子配列決定」を可能とした「次世代シーケンサー」の開発という技術的ブレイクスルーが大きく寄与しました。

 これらのリスクバリアントを総合的に評価(ポリジェニック解析といいます)すると、ほぼ発症年齢が予測することが可能になるほど、アルツハイマー病の遺伝学は進歩しました。これまで、アルツハイマー病は、「遺伝的因子」と「環境因子(食生活・運動など)」によって決まると言われてきましたが、上記のことは、遺伝的因子の寄与が相当大きなことを意味します。大雑把な言い方をすると、遺伝的因子が約8割寄与し、環境因子が残りの2割に影響を与えるとの印象を私は持っています。

 環境因子に関しては、動脈硬化や糖尿病がリスクを上昇させることが分かっています。これらを予防する食生活・運動などが効果的であると考えてよいでしょう。

 今後、遺伝子解析技術の汎用性が増し、一般の方々が安価で検査を受けることができるようになれば、血液バイオマーカーの同定と併せて、前臨床性アルツハイマー病(アミロイド病理が存在しているものの認知症が発症していない状態)を診断することができるようになると予想します。最終的には、アミロイドPETによる画像診断が必要なのですが、コスト(10万円以上)を考えると万人を対象とすることは難しいと思います。

 このような方法で前臨床性アルツハイマー病の診断が可能となると、予防対策が必要となります。一つは、前述の環境因子を改善することが考えられます。私たちは、これに加えて、医薬品による積極的な介入が可能だと考えています。

 動脈硬化に例えれば、血中の中性脂肪やLDLを下げるスタチンが成功していますし、高血圧については、種々の降圧剤が利用されています。これらは卒中のリスクを抑制します。前臨床性アルツハイマー病に関しても、類似の発想で発症を止める、あるいは、発症を十分に遅らせることが可能になると考えられます。

 現在、臨床試験に資されている抗体療法は非常に困難な状況です。脳と末梢の間には脳血管関門があるため、静脈投与した抗体が脳内に移行しにくいことが理由ではないかと思われます。アミロイドを作る酵素(セクレターゼ)阻害剤も副作用の問題があるようです。私たちは、脳内アミロイドを選択的に分解する戦略に基づく創薬の努力を行っています。世界には約2万5000人のアルツハイマー病研究者がいるとされますので、彼らとの協調と競争によって(私たちが作製した次世代型アルツハイマー病マウスモデルは、約4000人の研究者が約400の研究グループで使用しています)、ブレイクスルーを達成することができると信じています。

2019年10月