認知症の人の声を聴いていますか

情報共有より、本人の想いを尊重

東京慈恵会医科大学精神医学講座 教授 繁田雅弘

 医療や福祉の専門職は一人の患者の情報を皆で共有すべきとされる。大病院ほど一つの疾患の治療やケアにさまざまの異なった職種が関わる。“がん”を考えても、医師と看護師、薬剤師、診療放射線技師などに加え、管理栄養士、ソーシャルワーカー(社会福祉士)、リハビリテーション専門職(作業療法士、理学療法士、言語聴覚士)などが関わっている。すべての職種が同時並行で関わるわけではないが、必要に応じてそれらの専門職が連携体制を維持している。より有効な治療やリハビリテーションを行うためである。

 しかしこの多職種協働の体制は、整っていない状況から新たに整えようとしてもなかなか理想通りにはいかない。それぞれの職種が得た情報を互いに共有しなければならないが、多くの職種は自分の専門の役割を果たすだけで精一杯で、そんな時間的余裕などないという訴えを聞く。確かに情報共有というものは手間がかかる。しかし一方で、複数の職種が一人の患者さんに関わる場合、同じ説明や情報提供を二つ以上の職種から受けたり、大事な説明が抜けたりすることがある。

 読者の皆さんも、医療機関を受診した際に「まったく同じ説明を2回聞いた」とか、「その大事な話は聞いていない」と言いたい時があったのではないか。すなわち多職種協働がうまくいくと、専門職も余計なことをしないで済み、大切なことが抜けずに仕事も効率よくなるのである。

 また生活障害の目立つ人の場合は、さまざまな専門職が関与することで多様な視点から必要な治療を選ぶことができる利点もある。候補となっているいくつかの治療に、それぞれ異なる副作用や後遺症の可能性がある場合、本人の希望する生活によってそれらの治療法の価値が変わってくる。本人の生命観や人生観によっても望む暮らしが異なるはずである。こうした場合はより多面的な視点からふさわしい治療を検討することが、本人にとってより望ましい暮らしにつながると考えられる。

 実は、ここからが本題である。認知症診療の現場で、本人や家族が専門職に相談する様子を見ていると、人を選んで相談しているように見えることが多い。専門職にはそれぞれの得意な専門分野があるが、必ずしも相談内容に合わせて専門職を選んではいないのである。もしその相談が“職種”ではなく“その人”に向けたものなら、相談された専門職は一人の人間として相談に向き合うべきではないか。

 多くの認知症の人の相談は、解決ができるものではなく、本人もそのことをよく理解している。現実を受け入れざるを得ないこともまた承知しているが、その困難をせめて誰かと共有したくて、あるいは患者としての自分が一人ではないことを確認したくて、声をかけたように思われるのである。

 そうした経緯なら、相談内容を多職種で共有することに意味があるとは思えないのである。むしろ本人の気持ちと隔たってしまうように思われる。一人の人として相談を聞いてほしいと思って声をかけたのなら、本人の想(おも)いを尊重したいと専門職は考えるべきではないか。相談内容をスタッフで共有してよいかなどと本人に尋ねることも本人を失望させることと思われる。

 私は医療・福祉の専門職の一人として、認知症の人からの相談が専門職としての自分に向けられたものか、あるいは一人の人間としての自分に向けられたものかについて、感度を上げておきたいと思う。“その人”に向けた相談に“専門職”として言葉を返しても当事者の心に届かないように思う。もし本人や家族の心に届く言葉があるとすれば、それは専門職としてではなく、一人の人間として送ったメッセージではないかと考えるのである。

2023年2月