認知症の人の声を聴いていますか

本人がしてほしいこと やってあげる

東京慈恵会医科大学精神医学講座 教授 繁田雅弘

 認知症の人の家族から「徘徊するのですが、どのように介護したらいいですか」「興奮するのですがどのようにケアしたらいいですか」としばしば聞かれる。いつもどう答えたらよいか困ってしまう。ちなみに介護福祉士が認知症のケアや介護に関して学ぶ時、まず認知症疾患の種類について学んでいるはずである。認知症によって症状が異なり、それによって生活上の困難が異なり、それによってサポートする場面が異なり、また注意すべき点も異なるからである。それらは疾患の進行段階によって異なるため、進行・悪化に関する知識もあれば有用である。

 ただ同じ認知症疾患の診断名で、同じような進行段階でも、それらが人によって異なる点がケアというものを難しくする。

 たとえばアルツハイマー型認知症の場合は、軽度ではもの忘れと家事(や仕事)の手際の悪さ(遂行機能障害、失認、失行などが関係する)が目立つと本に書かれている。また、レビー小体型認知症の場合であれば、認知機能低下よりも幻覚、妄想やうつ状態、レム睡眠行動障害(寝ぼけ)といった精神症状がみられ、さらに便秘や起立性低血圧、臥位(がい)高血圧といった身体症状を伴うとされる。そしてこれらの症状が強い人もいれば目立たない人もいる。人によって症状の強さはまちまちであり、進行していくスピードも異なるわけである。また、この二つの疾患は合併することがある。1人の人にこの2つの病気が起こることがある。病状はさらに複雑になる。

 さらにそれらに脳血管障害が重なって起こればさらに症状は分かりにくくなる。軽いながらも脳梗塞(こうそく)や脳血管障害の症状である運動症状の変動が大きくなったり、意欲が低下(その活動をする認知機能は維持されているが、行動を起こす気持ちになれないといった症状)したりすることを伴う。

 アルツハイマー型認知症に罹患(りかん)すれば、レビー小体型認知症にならないわけではなく、血管性認知症にならないわけではない。二つや三つの認知症のタイプが重なるわけである。

 また認知症の臨床症状や必要なサポートは、ライフスタイルによっても異なってくる。たとえばアルツハイマー型認知症が中等度に進行すれば、日常生活動作に徐々に失敗が目立つようになるが、着替えの失敗が目立つ人もいれば、入浴での失敗が目立つ人もいる。以前から着替える服を自分でタンスから出していた人は早い段階で着替えに助けが必要になるであろう。亭主関白で着替えは妻や娘に用意してもらっていた男性は、周囲が生活動作の低下に気付くのが遅れるかもしれない。つまり症状というものは、それまでの生活習慣、例えばどれくらい家族の助けに負っていたかによって変わってくるのである。

 本人の性格によっても影響を受ける。服薬が自分でできる人もいれば、頻繁に飲み忘れる人もいる。また不安への耐性が低い人の中には薬を飲み忘れているのではないかと心配して、何度も同じ薬を服用してしまう人もいる。

 これは認知症のケアを専門にする人にも、認知症の人と同居している家族にも言えることであるが、認知症のケアについて新しく学んだり知識を得たりすると、そのケアに本人を当てはめようとしてしまう。それが本人にとっては苦痛であり、生活の質を下げてしまうことになる。認知症の人や患者さんにケアや治療を当てはめなければいけないのに、ケアや医療技術に認知症の人や患者さんを当てはめてしまうのである。

 それではいけない。その疾患の種類で、その進行段階で、その種類の認知機能が下がり、その種の精神症状が見られる時、その人に行うべきケアや医療を見定めるわけである。

 しかしこんな膨大な内容を答えることはできず、また家族に強いることなんてできない。従って、本人が何に困り、何をしてほしいかを理解して、それをやってあげてください、とだけ答えるようにしている。

2024年2月