一対一の対話通じ高める人生の質

栄樹庵診療所院長・東京慈恵会医科大学名誉教授 繁田雅弘
認知症の人への心理療法的ないし精神療法的なアプローチとして、今まで、国内外で、認知行動療法や回想法・ライフレビュー、問題解決療法、対人関係療法あるいは集団精神療法といったさまざまな治療が行われてきた。それらの多くは、抑うつ気分や不安といった精神症状を改善しようとするものであった。そして限定的ではあるものの、一定の成果を上げてきたといえる。
一方、私の対話は、いわゆる支持的精神療法という治療の理論に基づいたものである。原則として患者と私の一対一の対話によって、本人の自尊感情や自己効力感を高めようとするものである。これがうまくいくと、患者は多少なりとも自信を回復させ、現実検討能力を高めるとともに、精神的にも余裕を持ち、情緒的に安定し、結果的に状況に合った行動がとれるようになる。
もちろん家族ともこうした対話を行っている。家族も同様で自尊感情や自己効力感を高めることで、現実検討能力や感情調整能力を高め、好ましい(その家族らしい)本人へのケアや支援ができるようになる。
私が支持的精神療法を選んでいる理由は、1回の治療時間について柔軟に設定でき、場所も選ばないといった自由度の高さからであるが、それだけではない。特定の治療的な枠組みや教材を必要としないからである。つまり、その時の患者の関心の向きに合わせて話題を選んで対話を行えるからである。
私が話題にすることが多いのは、「どのように病名(告知)を受け止め、どのような気持ちで付き合っていったらよいのか」「失敗ばかりしている自分をいかにして受け入れるか」「周囲から認知症として見られる(扱われる)ことにいかに耐えるか」といった、障害や疾病の受容と関連するものである。
そして対話を続けた結果、自分の置かれた状況や自分自身の状態、すなわち自分の残存能力や感情状態を理解することによって、新たな生きる意義を見出(みいだ)したり、あるいは自分の人生に対して開き直ったり、あるいは諦めざるをえないことを諦めたりする。確かに不安や抑うつ、あるいは困惑・混乱と言った精神症状が軽減することもあるが、そうした症状の改善を目指してはおらず、そうした変化は明らかでないことが多い(ときに、安心や安堵といった好ましい感情が生じることはあるが)。
反対に、苦悩や哀(かな)しみといった陰性感情が生じてしまうことがある。あるいは元々あったそうした感情が強まることもある。しかし本人の悩み方や悲しみ方が、元来の本人らしい悩み方や悲しみ方に変わるようなら、好ましい方向の変化と考えている。本人が自分らしく生きようとし、自分なりのやりかたで明日を生きようとするなら、それは生活の質や人生の質が高まったと言えるのではないか。それは、心理症状的な改善ではなく、精神的改善とも言い難い。むしろスピリチュアルな改善と言うべきかもしれない。
当初からそのような効果を目指して精神療法を始めたわけではなかった。患者本人とともに本人の想(おも)いへの理解を深めるために共同作業としての対話を続けているうちに、そうした効能・効果が見えてきたのである。
軽度アルツハイマー型認知症および軽度認知障害への精神療法の試み—支持的精神療法と森田療法を用いて—. 繁田 雅弘, 稲村 圭亮. 精神経誌. P122 (7):499−P508, 2020.
繁田雅弘.認知症の精神療法—対話.HOUSE出版,平塚,2020.
繁田雅弘.認知症の精神療法2−アルツハイマー型認知症の人との対話.HOUSE出版,平塚,2024.
繁田雅弘.認知症の精神療法3−認知症の人の家族との対話.HOUSE出版,平塚,2024.
2024年6月