認知症の人の声を聴いていますか

「話題選び」信頼と対話のカギ

栄樹庵診療所院長・東京慈恵会医科大学名誉教授 繁田雅弘

 認知症診療で初診から回数を重ねて治療が安定してくると、場合によっては薬などの処方を継続するだけになってしまう。診断・評価のための情報収集は終えており、あとは脳波や睡眠時無呼吸の検査などを患者の訴えに応じて追加で検査を行うかもしれない。あるいは整形外科や耳鼻咽喉科、眼科、歯科など、他科へ紹介したりするかもしれない。

 定期的に認知機能を調べる改訂長谷川式簡易知能評価スケールやMini-Mental State Examination(MMSE)などのスクリーニングをやることも無意味とは言えないが、実施しても点数が上がることはなく本人も家族もガッカリするだけである。そうでなければ「変わりありませんか」と尋ねるだけの診察になりかねない。

 私はある診療所で精神療法に時間をかけた認知症診療も行っているが、別のクリニックでは一人当たり数分〜十数分という通常の認知症診療も行っている(限られた数の医師の診察しか私は見たことがないが、多くの医療機関では一定数の患者を診察しなければ運営できないのではないか)。

 通常の認知症診療では日々の出来事を聞くことから始める。内科などのかかりつけ医がいてくれればこちらは認知症の話題に専念できる。日々の暮らしについて話すことを大切にしている。「最近変わったことはありましたか」「どこかにおでかけになりましたか」「(別に住む)家族と会いましたか」などである。前回と同じ話になってもまずは聞く。同じ話だとしても、心配事の話題なら一緒に心配すればいいし、おめでたいイベントなら一緒に喜ぶことができる。心情を本人と共有することは治療的である。ただ診療時間は限られているので原則として話題は一つである。話が続きそうなら続きは次の診察でと告げる。

 本人から生活上の苦労が語られたら真摯に耳を傾けるタイミングである。失敗を繰り返した挙句の情けなさや哀れさ、自身の頼りなさ、あるいは当たり前にできていたことができない不甲斐なさ、惨めさなどが語られたら、特に大切にしたい。信頼し心を許していなければ語れない心情だからである。ここで軽率な励ましや慰めは不要である。誠実に耳を傾けることである。

 共感していることを伝えたいなら、付き合いの長さや互いの信頼関係、これまで患者が感じてくれたであろう親しみの情を踏まえ、自分自身の心からの誠実で正直な一言が望ましい。

 失敗談について本人の解釈を聞くことは治療的にさらに重要である。「疲れていたせい」「家族から言われて(自分を)抑えられなかった」「症状のためでやむを得ない」などを聞く。正しいか間違っているかは別にして、自分の考えを披露することができる機会は本人にとって極めて貴重である。

 ときに睡眠、食事、排泄などについて話題にすることもある。ただし睡眠に関しては「寝つきに時間がかかるか(入眠困難)」「ぐっすり眠れたか(熟眠感)」「途中で目が覚めたか(中途覚醒、早朝覚醒)」などの質問は後回しにする。高齢になれば毎日ぐっすり眠れない人は多い。不眠へのこだわりを助長したくない。治療的な問いかけとは「目覚めたときの気分は?」「楽しい夢を見ましたか?」である。「寝つきに時間がかかっても、短時間しか眠れなくても、深夜や早朝に目が覚めても、朝の気分が良ければ心配いりません」と話している。食事や排泄についても睡眠と同様である。

 ここまで取り上げた内容の全部を毎回の診察で話題にするわけではない。診察の度に一つずつくらいでないと診療時間が長引いてしまう。すなわちオープンクエスチョンで本人に話題を選んでもらうことと、自分自身の考えを述べることができる話題を提供することが要点と言えよう。信頼関係を高めるとともに対話の満足感を上げるはずである。

2025年3月