初対面で本人の想いを把握

栄樹庵診療所院長・東京慈恵会医科大学名誉教授 繁田雅弘
認知症を心配して初めて来院した人に、担当医である私が自己紹介に続いて行う質問は、「本日の受診はどなたがお決めになったのですか?」「どなたかが、行ったほうがいいって言ったのでしょうか」「ご自身で判断されたのですか?」である。多くの精神科医がする質問であろう。なぜならこれから診察から検査へ、そして治療へと手順を進める上で、本人の気持ちがどこにあるかを知っておかなくてはならないからである。
「自分は病気だとは思っていない」「ここに来る必要はなかったと思う」「すぐにでもこのまま帰りたい」という気持ちなら、診察や検査など受けようとは思わないだろう。診察にだって協力する気持ちにはなれない。認知機能検査だって集中して取り組んでもらわなければ、実際の能力より成績は低く出るだろう。治療を勧めても本人にとっては意味がない。
そういう場合は、「家族はあなたの物忘れを心配しているようだ。心配のし過ぎだろうか」「認知症という病気の可能性を調べるところです」「100%確実な診断はできないが、もし認知症の可能性があるなら早めに手を打った方がいいと思う」「ところで認知症について聞いたことがあるか」「どんなイメージを持っているか」「もし悪いイメージを持っているなら、余計に放っておかないほうがいいのではないか」というところから始めている。
もし「自分では認知症だと思わないが、もし検査結果などから認知症の疑いがあるなら、治療した方がいいと思う」と言ってくれるなら、診察や検査を受ける心の準備ができているので、症状を聞いて必要な検査を説明すればよい。あるいは「自分で認知症かもしれないと思う。検査を受けて、受けられる治療があるなら受けたい」と言うなら、検査の説明に続いて、スムーズに治療に入れるだろう。さらに、症状や進行程度、家族構成、生活状況に応じて介護サービスの利用などを考えることになる。
診断が出て、認知症の治療やケアが始まるときには日々の暮らしについても質問しておきたい。「これからどのように暮らしたいか、改めてお考えになったことはありますか?」「認知症だからと言って、これまでの生活を大きく変えることはよくありません」「今の生活を続けられたらそれで十分ですか?」などと声をかけている。
もちろん気分の高揚や焦燥感、困惑、混乱、場合によっては攻撃性や暴言などがあればそれらを考慮した薬物療法や介護保険サービスの利用になるが、そうした行動心理症状(BPSD)がなければ、その手前の苦悩や葛藤、不安などを理解して支えられたら理想的である。もちろん、ある程度自分の気持ちを言葉にする能力が本人にないと難しい。
家族への想いも聞いておきたい。この質問は家族に席を外してもらった方が本音を聞ける。本人が一人で通院できる場合は、2回に1回は本人だけで来院してもらい話を聞いている。「認知症かもしれないと感じたとき、何を思いましたか?」「奥様(夫)の顔が思い浮かびましたか? それともお子さんの顔?」「家族に心配をかけたくないとみなさんおっしゃるんですよ」「○〇さんはいかがですか?」(ほとんどの人が肯定する問いかけである)などと問いかける。
疾患の理解も受け止め方も十人十色である。自分が認知症だとほぼ確信して来院する人もいれば、認知症でないことを確認しようと来院する人もいる。そういうことがあらかじめ分かれば、不用意に傷つけたり本人の医療への失望を避けることもできる。とくに初対面で本人の想いを把握することは重要である。認知症の人の多くは認知症に治療がないことに失望するのではなく医療職の配慮を欠いた声掛けに失望するのだと思う。
2025年6月