あなたは相手に何を伝えたいのか
栄樹庵診療所院長・東京慈恵会医科大学名誉教授 繁田雅弘
難聴のある人には、聞き取ってもらうために好ましい声の大きさや高さ、スピードがあるかもしれない。理解力が低下している人には、間をおいて話す、図やイラストを使うといった工夫があるだろう。こうした技法は医学やリハビリで蓄積されてきたし、その有効性を裏づけるデータもある。認知症ケアにおける望ましい話し方の原則も、論文で検討されてきた。
しかしそれ以前に、病気や障害の有無に関係なく、コミュニケーションにおいて大切なことがある。実のところ、技術をめぐる研究それ自体が、このことを示しているのである。例えば高齢者に向けられる幼児語的な話し方は、話し手にとっては配慮のつもりでありながら、聞き手の心理的な反発をかえって強めることが報告されている。同じ言葉を使っても、声の与える感情的な印象が違えば相手の反応は変わる。「簡単な言葉に置き換える」といったごく一般的な推奨事項でさえ、それ自体として相手に届くことを保証しない。形だけ整えようとした技術は、伝わらないどころか害をなしうるのである。
コミュニケーションには、話し手の何らかの意図や目的が常にあるはずである。相手に対する何らかの気持ちがあるはずである。「自分に親しみを持ってもらいたい」「自分に信頼を持ってもらいたい」。それだけで立派な目的である。そのためには、「私に不安を持たないでほしい」「一緒にいるときに安心してほしい」と思うかもしれない。別の人は、「今のあなたは元気がないけど、元気を出してほしい」「遠慮しないで、自分の気持ちを表してほしい」と思うかもしれない。別の人は、「あなたは自分を責めるけど、そんなに自分を責めないでほしい」と感じているかもしれない。
そしてそこには、目的に合ったあなた自身の表情があり、態度があり、話し方があるはずである。同じ笑顔でも、話し手の気持ちや意図にふさわしい笑顔は人によってまったく異ることは言うまでもないだろう。そしてその違いは、ごく細かいかもしれないけれど、実際のやりとりのあらゆるところに反映されているのである。
会話分析の研究は、聞き取りにくい発言に接したとき、心ある聞き手はあえて質問せず、相手の面目が損なわれないように話を進めると報告している。それは技術として教えられるものではなく、その人を傷つけたくないという人として当たり前の配慮が、その場で形をとったものである。言葉をほとんど失った人に対して、身体の動きや発声、視線を返しながら関わり続けることもまた、単なる伝達の技術というより、ともにいたいという意図の表現なのである。
認知症の人や精神障害を持つ人と接するとき、その障害に合った話し方の技術があるわけではない。同じ診断で、同じ進行段階で、同じ医学的な症状名が付けられていれば、使えるコミュニケーションの技術がきっと一つや二つあるだろう。しかしそれは初対面では分からない。
近年、原発性進行性失語の支援について国際的な合意がまとめられたとき、専門家たちが提示したのは個々の技術ではなく、支援者が拠(よ)って立つべき原則と理念であったのである。認知症とともに生きる人にとって良いコミュニケーションとは何かという問いを、当事者自身の経験から捉え直そうとする研究も行われている。向かう先は同じである。技術の一覧表ではなく、関わる者の構えが問われているのである。
もっとも大切なことは、相手に対するあなたの気持ちや意図をきちんと意識することである。それが最も誠実で、真の関係を築くコミュニケーションである。つまりあなたは相手に何を伝えたいのか、である。