第1回 難聴は認知症のもと
聞こえの低下が、認知症リスクにつながる可能性
「シニア層」について、世界保健機関(WHO)は65歳以上と定義している。日本での明確な定義はないが、60歳以上の年齢層が、現役世代である若年層と高齢者の間のシニア層と認識されているようだ。高齢者予備軍とも言えるシニア層にとって関心の高い疾患の一つが認知症だろう。65歳以上の有病率は12・3%と推計され、今後の社会の高齢化の進展を考えれば、誰でも認知症になりうると意識せざるを得ない。
認知症に関する研究の中で近年大きな注目を集めたのが、2017年に英医学誌ランセットが発表した報告書だ。国・地域や人種差を問わず、複数の論文を網羅的に解析した信頼性の高い報告の中で、認知症リスクの35%が予防可能な九つの因子に起因する、と分析された。その最大のリスク因子が難聴だった。
この報告は20年と24年に更新されたが、24年報告書でも中年期の難聴は予防可能なリスク因子14のうち、高LDLコレステロール血症とともに(それぞれ7%)やはり最大のリスク因子とされた。
今年1月には、東海大の和佐野浩一郎教授(耳鼻咽喉科・頭頸部外科)らの国際共同チームがこの成果を日本の状況に合わせて解析した。その結果も壮年期の難聴(6・7%)が最大因子で、以下、運動不足(6%)、高LDLコレステロール血症(4・5%)、糖尿病(3%)、高血圧(2・9%)、うつ(2・6%)、喫煙(2・2%)と続いた。これら14因子を合計した38・9%を治療や生活習慣の見直しなどで改善すれば、認知症の予防が可能という。
14因子の中で最も気になるのは難聴だ。運動不足や喫煙は以前から生活習慣病のリスク因子として知られているし、脂質異常症(高LDLコレステロール血症)や糖尿病、高血圧は生活習慣病そのものだ。認知症を心配するより先にこれらの因子は改善すべき存在だろう。
それに対し、40代ごろから始まる加齢性難聴は老眼などと同様に誰もが経験しうる自然な老化現象だ。多くの人が「折り合いをつけて不便を我慢しなければいけない状態」と考えて過ごしているのではないか。
しかし専門家によれば、加齢性難聴になっても、補聴器を使えば認知症予防につながることを示唆する研究結果が複数出ている。デンマークで57万人以上を対象に実施した研究では、補聴器使用者の方が、補聴器非使用者に比べて14%認知症になりにくかったという。米国で補聴器使用による3年間の認知機能の変化を調べたところ、喫煙率、教育水準、糖尿病などの認知機能を低下させやすい因子が少ない(認知症リスクが低い)集団では補聴器使用の効果は確認できなかったが、多く持つ(認知症リスクが高い)集団では、補聴器使用が認知機能の低下を抑制する可能性が示唆された。医学的に強く推奨されるエビデンス(科学的根拠)の確立には至っていないが、希望を抱かせる報告ではある。
しかし日本では補聴器は人気がない。補聴器の所有率は欧米諸国の40%台に対して、日本では15・2%にとどまる(JAPAN TRAK2022)。東京都健康長寿医療センター研究所が群馬県草津町で実施した調査によると、中等度以上の難聴を抱える高齢者の約7割が医療機関受診を希望していなかった。
加齢による聞こえにくさを、受け入れざるを得ないものと諦めている人も多いのだろう。また補聴器を「老化の象徴」と捉えて嫌う意識も強いという。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は24年から「聴こえ8030運動」を始めた。「80歳で聴力30デシベルを保とう」が合言葉で、加齢性難聴の予防が主な目的だが、難聴になっても放置せずに医療機関を受診し、補聴器などの適切な使用につなげることも含まれている。
「年だから仕方がない」と諦めず、少しでも不便解消を求める気持ちが重要と言えそうだ。
関連コーナー