避難所で歯科診療 「被災者と共に歩む」東北大学大学院大井助教

 東日本大震災は各地に大きな爪痕を残し、医療や福祉に携わる人たちは自らも被災者となりながら人々を救うための懸命な努力を続けている。今号は震災緊急特別号として、二人の専門家に、震災の中から見えてきたこと、感じたことを近況を交えながら書いてもらった。

避難所の図書室を代用して診察する大井孝さん

 3月11日14時46分。その時私は勤務先である東北大学病院の歯科外来で診療をしていました。激しいごう音と揺れ、蛍光灯の明滅。築1年の大学病院では最も新しいはずの5階建ての建物でしたが、あらゆるものが倒れ、壊れ、そして天井からは水が降り注ぎました。院内の患者さんの無事と帰宅を確認し、ようやく帰った我が家に待っていたのはM9.0の悪魔がもたらした絶望的な津波を繰り返し報じるノイズだらけのラジオと、ガラスの飛び散る部屋の窓から遠くに見えるコンビナートの火柱でした。

 それから2週間余り。今私は東北地方で最も津波の被害が大きかった都市のひとつである石巻市の避難所を巡回して、歯ブラシや洗口剤などの清潔用品を配布しながら、歯科診療を行う活動をしています。限られた水での歯の磨き方や入れ歯の取り扱いの指導、口の健康相談などもしています。宮城県歯科医師会が中心となり、東北大学がそれを支援するという形での活動です。この数日は、避難者数にもよりますが1カ所につき5〜10名の患者さんの診療を行いました。この人数は避難者のおよそ1〜2%で、感冒や消化器疾患などに比べるとはるかに低い罹患率ですが、口の問題は内科的なそれと違って薬のみでは対応できない場合が多く、捨て置けません。さらに避難生活が長くなるほど口内の不衛生、集団生活のストレス、栄養不足による体力低下等で虫歯・歯周病・口内炎・入れ歯の不具合などが増えます。また高齢者では口内の清掃不良が誤嚥(ごえん)性肺炎などの呼吸器感染症を引き起こす恐れもあります。ですから多少非効率的であっても地道に避難所を回って支援する必要があります。

 石巻市は言わずと知れた日本屈指の港町ですが、宮城県の中で避難者が最も多く、およそ2万6千人が150カ所以上の避難所で生活しています(3月28日現在)。一概に避難所と言ってもその環境や避難した方々の状況は様々です。河口にほど近いある避難所の小学校のプールには車が浮かび、1階の教室には津波に運ばれたヘドロが溜まり異臭を放ちます。そのような避難所に近隣のグループホームの入居者全員が避難しています。また、ある内陸部の避難所には、住んでいた沿岸部を遠く離れ息子家族の安否も知れぬまま、不自由な身体を寄せあう老夫婦がいます。離れられない土地と離れざるを得ない土地。いずれにしても、安らげざる住処にかわりありません。避難された方々が、一刻も早く安息できる場を得られるようにと願います。

残酷な水 喫緊の水 歓喜の水

 津波と化しすべてを奪った残酷な水、連日報道される炉心を冷やす喫緊の水、そして避難所で目にした身体と心を癒やす歓喜の水。震災からの短い間に様々な水の姿を目の当たりにし、水と人間との結びつきを強く感じました。この先は、気の遠くなるような長い復興への道程が待っています。自身の非力さを呪う毎日ですが、被災者に静かに寄り添いながら共に歩まんと誓うのです。

 おおい・たかし 東北大21世紀COEプログラム「医薬開発構想統括学術分野 創生と人材育成拠点“CRESCENDO”」フェローを経て、平成20年より東北大大学院歯学研究科加齢歯科学分野助教。

2011年4月