映画「ポエトリー アグネスの詩」順次公開

「ポエトリー アグネスの詩」
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試練に耐え紡ぐ詩
認知症女性の創作に識者の声は…

 認知症の人を描く映画やテレビドラマが増えている。中でも韓国の「ポエトリー アグネスの詩」(イ・チャンドン監督、東京など全国順次公開中)は一昨年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞するなど高く評価されている作品だ。初期のアルツハイマーと診断された60代の女性が過酷な試練に耐えながら一遍の詩を紡ぎ出すという物語。はたして認知症になった人が詩を作ることはできるのか、そして詩作は認知症の予防や進行を遅らせることに役立つのか、専門家の2氏に聞いた。

 順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の新井平伊教授は「初期のアルツハイマーの人が詩を書くことはもちろん可能です。新しいことを覚える『記銘』や日にちを間違えない『見当識』に支障はありますが、他の脳機能は感情を含めてほぼ正常ですし、瞬間瞬間の判断は正しくできるので、創作活動は充分可能です」と明快だ。

 写真を見てほのぼの会話をする「共想法」を考案した東京大学人工物工学研究センターの大武美保子准教授も「詩作は、認知症であっても言葉を用いることができるうちは可能と考えます」と一致する。

 映画のヒロインは現実離れしたところもあるが、鳥の鳴き声や川の瀬音に耳を傾け、花を見つめて美しい言葉を紡ごうとする。そして孫息子が性犯罪にかかわる衝撃的な事件に動揺しながらも、自殺した被害女性の心に寄り添うように詩作を続ける。苦しみながらも今ある能力を最大限に絞り出す姿を監督は優しく見つめる。

 詩作の認知症予防効果については若干意見が分かれた。

 新井教授は「予防に役立つかどうか、はっきりとした証拠はなく、疫学的に運動や余暇を楽しむ生活習慣の方が認知症発症が少ないといった程度なので、詩作が直接的に予防に役立つとはいえません。しかし、創作活動は脳機能全般を活性化させることは事実ですから、使わないと衰える脳機能の廃用性機能低下の予防にはなるし、発症を遅らせる結果にはなると思います」と慎重なもの言いながら、アルツハイマーの予防はともかく、発症を遅らせることに一定の効果を示唆した。

 大武准教授は「詩作の認知症予防効果は取り組み方次第」と話し、次のような仮説をあげる。

 「新しいことを覚える『記銘』のプロセスをしっかり踏むのであれば、現実見当識を保ち、廃用による『記銘』機能低下を防ぐことが期待されます。また、持っている語彙(ごい)の中から幅広く言葉を検索し、表現しようとする『想起』のプロセスをしっかり踏むのであれば、廃用による『想起』機能低下を防ぐことが期待されます。しかし、自分が考えたことをただ書き出すだけでは、『記銘』は発生しないですし、また、一部の記憶だけを好んで『想起』するだけでは、それ以外の記憶が失われることを防ぐことができないので、独りよがりの詩作では、機能維持効果が期待できないと考えられます。認知症が進んでくると、同じことを繰り返し言うようになるので、それをそのまま詩にしても進行抑制効果は期待できないと考えられます。その場合でも、情緒を安定させる効果は期待できると思います」

 この仮説を厳しいと見るべきか、それとも情緒が安定することに希望を見出すべきか。意識の持ち方によっても変わってくるだろう。

2012年3月