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認知症予防シンポ 松本会場に500人

「母は素晴らしい教材」
ボケる現実 身を持って--映画監督の関口祐加さん特別講演

「私の器が試されている〜なぜ、新作『毎日がアルツハイマー』を作ったのか」

特別講演で新作「毎日がアルツハイマー」について語る関口祐加監督

 母に初めてカメラを向けたのは2009年9月です。79歳の誕生日を祝った後、カレンダーを見た母が「今日は私の誕生日だけど、誰も祝ってくれなかった」。その時、母の記憶障害に気づきました。

 ドキュメントを作る監督というのは、被写体がとても魅力的だから、被写体に一目ぼれしているから撮りたいのです。私には、かつて良妻賢母だった母がアルツハイマーになって人間として解放されているのではないかと見えました。言いたいことを言い、やりたいことをやってガハハと笑う。そういう母がとてもいいと思ったのです。

 それまでの母は、世間体を気にして分厚い仮面をかぶって生きてきました。本当はもっと違う人だったのではないか。娘から見ると、アルツハイマーになる前の母はちょっと苦手でした。米屋をやっていた父は自由人でした。笑いの絶えない明るい家庭で、算数で百点取ってもほめられないのに、笑いを取るとほめられました。私も妹も自由人となりましたが、今振り返ると、母は扇の要にいて、そんな家族を支えてくれたのだとわかります。

 介護生活でありがたかったのは、母をカメラを通して撮っていたので「一人称」にならなかったことです。つまり、母がこう言ったから、こういうシーンも撮らねば、といつも引いて見ることができたので、介護にのめり込まないでいられたのです。

 認知症の初期段階で、母は貯金通帳やハンコの置き場所を忘れてしまい、パニック状態になりました。それを見た時、一番辛いのは本人なんだと肝に銘じました。そして我が家は笑いが絶えない家族だったので、笑いを武器にしようと決意しました。ですから、よく冗句を飛ばします。

 最近の母の不安は家族の顔が分からなくなることです。母の冗句ですが、朝私に会うと「おはよう」の前に「どなたさん」と聞く。私は家族の顔など忘れていいという気持ちで「隣のおばさん」と返します。姪っ子は「レディー・ガガです」と答え、逆に「どなたさん」と聞くと「レディー・ババ」と母が返す。私のできることは、母の辛いところをマッサージしてあげること。「心のマッサージ」と言っています。

 介護で大切なことは、一人で抱えないこと。介護の大変な部分は私にはできないのでプロに任せることにしています。私の介護は多分、40点ぐらいでしょう。

 母は老いて、ボケるということを子供たちに身を持って見せている素晴らしい教材です。介護の問題は、介護される側でなく、介護する側の問題なのだと思います。

 せきぐち・ゆか 映画監督。1957年、横浜市生まれ。大学卒業後、オーストラリアへ渡り、89年の第1回監督作品「戦場の女たち」はメルボルン国際映画祭でグランプリを受賞。前作「THEダイエット!」(07年)で自らを被写体に涙ぐましい減量作戦を撮影し、海外で多くの賞を受けた。現在は認知症の母親を主人公にした長編動画「毎日がアルツハイマー」(12年)を公開中。

2012年10月