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特別講演 日本フィランスロピー研究所長 渡辺一雄さん

喜ぶ姿見て自分も喜ぶ

わたなべ・かずお 日本フィランスロピー研究所長。
わたなべ・かずお 日本フィランスロピー研究所長。一ツ橋大学法学部、マサチューセッツ工科大学スローンスクール卒業。三菱電機に入社後、三菱セミコンダクターアメリカ社長などを務める。退社後は岩手県立大学教授、川崎医療福祉大学教授、日本社会事業大学特別客員教授としてフィランスロピー(社会貢献)論を講じる。現在は日本社会事業大学理事などを務めるほか落語家三遊亭大王として高座にも上がる。著書に「体験的フィランスロピー-報酬は“感動”」(創流出版)など。

 高齢者の願いは手応えのある人生です。生きていて良かった、ありがとうと言って人生を終わりたい。私がきょう言いたいのは生きがいについてです。今年「77歳のバケットリスト〜人生いかによく生きよく死ぬか〜」(はる書房)という本を出しました。バケットとは棺おけという意味です。バケットリストは人生の終幕にやっておきたいことを書き記すことで、考え抜いた結論は人生の終幕にもう一仕事しようということです。子育てが終わり、仕事をやり遂げた皆さんにもう一仕事していただきたい。それには壁を乗り越える必要がある。壁とは、自分だけが幸せならいいと思う心、ボランティアを嫌う心などです。
 私がやっているフィランスロピーというのは社会貢献という意味です。今から20〜30年前、そんなものは偽善だと思っていました。ところが米国で半導体を作る三菱電機子会社の社長をしていたとき、米国ダーラム市の市民が「寄付してくれ」とたくさん来るのです。環境団体からは川掃除に社員をボランティアとして出せと要請が来る。私は会社の玄関に「当社はボランティア禁止、寄付しない」と張り紙した。市民は怒りました。日本人がエコノミックアニマルと言われていたころです。
 そんな時、夜中に「社長、工場が火事です」と連絡がきた。現場へ駆けつけると、人事部長が「ボヤで済んだ」という。「消防は来たのか」と聞くと「ボランティアの人が来た」。ダーラムでは市民が自分たちで消火するのです。
 しばらくして私の娘が夜中に激痛を訴えました。救急病院に電話したら救急車が来て、現れたのが昼間けんかしたコンピューター会社の社長でした。彼は20年間、週に3回運転ボランティアをしているというのです。「早く運ぼう」と言ってくれました。私は頭をガーンと殴られた気がしました。
 ダーラム市で開かれた全米少年野球大会では、球場の真ん中でアメリカ国歌を歌わされました。下手な歌を歌っていると、子供の歌声が1塁側からも3塁側からも聞こえてきました。そのうち球場の2000人が一斉に歌い出し、終わるとものすごい拍手。思わずマイクをつかみ「ありがとう」と頭を下げているうちに涙が流れて体が震えました。ボランティアの報酬は感動、感動は生きている証明。これで生きようと思い、日本に帰ってきました。
 私はアメリカでボランティアの精神を学び、東大病院にこにこボランティアで実践ルールを学びました。ボランティアは人の喜ぶ姿を見て自分も喜ぶ。これが最高の幸せです。為己為人(他人のためにやることは自分のため)は私の信条です。

2014年1月