トピックス

映画、ドラマの中の認知症 実態と違う描き方も

医学監修の新井平伊教授インタビュー

 認知症の人が出てくる映画やドラマが増えている。認知症への関心が高まっていることが背景にありそうだが、病気の進行が速すぎたり、悲惨な面が強調されたりと実態に合わない描き方も目立つ。医学監修を依頼されることの多い新井平伊順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授に聞いた。【紀平重成】

「認知症の描かれ方によっては監修を断ることもある」と話す新井平伊教授。手前にあるのは高い評価を与えた「毎日がアルツハイマー」(関口祐加監督)のDVD

 新井教授が監修する際に一番重視するのは、病状と家族の反応が現実に沿って正しく描かれているかどうか、過度に表現されていて怖いもの見たさみたいになっていないかという部分に最も気を付けるという。

 「極端に描かれると偏見を増長させてしまう。これは一番避けるべきことです」

 教授によると認知症には軽度、中度、高度障害の3期があり、それぞれ5年から8年という。ところが発症から5、6年で死んだり廃人になるという描かれ方をされることがある。

 「全体では少なくとも15年。特に初期はゆっくりです。しかし映画やドラマでは病状の発見から始まり、家族が驚いて病院へ行って検査。そこから雪崩が滑り落ちるように一気に行ってしまう。そこに僕は一番クレームをつけます」

 どのような相談が多いのか。3つのケースに分けられると新井教授は言う。一つ目は脚本がたたき台の段階から持ち込まれるケース。二つ目はある程度プロデューサーと監督が中身を煮詰めてくるケース。三つ目は原作があって本の段階で病気が急速に進むように描かれているケース。

 「最初のケースや二つ目の場合でもプロデューサーが誤解を与えないようにしたいという姿勢のある時は脚本を変えることができるので、それは協力できます。医学的な確認はするけど、これで行きたいと決めている作品、あるいは医学監修の名前だけほしいという作品の場合は断ります。原作ありきの最後のケースは最初から引き受けません」

秀逸2作品「毎日がアルツハイマー」「ペコロスの母に会いに行く」
「ペコロスの母に会いに行く」の一場面(c)2013「ペコロスの母に会いに行く」製作委員会

 断った作品も含めこれまで10数本の映画やテレビドラマ、特集を監修した上で評価するのは関口祐加監督のドキュメンタリー「毎日がアルツハイマー」と森崎東監督の「ペコロスの母に会いに行く」の2作品という。

 「毎日がアルツハイマー」は続編にあたる「毎日がアルツハイマー2〜関口監督、イギリスへ行く編」が7月の公開を目指しているが、新井教授は「二つを見比べても監督の母親の病状はほとんど変わっていません。あれが現実なんです。また『ペコロスの母に会いに行く』も作品の中でほとんど変わらない状態が続いていく。また病状の進行速度だけでなく、人間としての喜怒哀楽や思考の正常なところがたくさんあるという部分をキチンと描いている点でこの2作品は秀逸です」と強調する。

 取材不足や興味本位から進行を早めたり人間が全部だめになってしまうという描かれ方をするドラマのテレビ局での評価と医学監修をする側の評価は、なかなか一致点を見ることは難しそうだ。

 シナリオから見えてくる日本人の認知症観についても尋ねた。新井教授は「どうしても営業ベースで脚本の色がついてしまうのは悲しいですね。ただ書籍も含め情報がどんどん増えてきていること自体は悪いことではないです。情報が増えると日本人は自分もやがて認知症になるのではとネガティブな気持ちになりがちですが、早期発見につながるのであればいい」と描かれる機会が増えていることを歓迎する。

 とくに認知症は本人より家族の問題と言われるので、「家族がこういう映画なりドラマを見て、正しい理解をすることが大切。誰かが認知症になったら一家は終わりという間違った印象を受けないような作り方をぜひしてほしい」と注文を付ける。

 新井教授が理事長も務めている日本老年精神医学会ではこの2作品の上映と講演や作品の解説をセットにした一般公開講座を計画し、正しい認知症理解の普及活動に力を入れることにしている。

 「映像が持つ力というのを考えると、映画もテレビも大事な役割が期待されます。それは医者にはできないことです。病気を持ちながらその人が威厳を保って人生を全うしようとしている。それは葛藤の中での生き様と言えます。家族がそれを受け入れながら、苦しみながら、その家族も人生を送ろうとしている。ですから症状の部分はもちろん患者と家族双方の生き様というポジティブな部分にも平等に光を当てて、悲しいだけの映像ではないものを作ってほしいのです。患者さんや家族から教わることは多い。映画を見た人も彼らから学んで、自分の人生も含めて生きる尊さを、学んでほしいですね。そんな作品を期待しています」

 上記2作品を含め、これはという作品を見つけて鑑賞したり見比べることをお勧めする。筆者が最近感動したのは3月に大阪アジアン映画祭で上映された台湾映画「おばあちゃんの夢中恋人」。泣いて笑って、もう一度見たくなる作品だ。興味のある方は下記アドレスから。

https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/kinemazuiso81/

2014年4月